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萩原優治の「やっぱり、地球は円かった」

プロフィール

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名前:萩原優治
出身地:東京都世田谷区
趣味:登山、旅行、美術鑑賞、映画鑑賞、読書
一言:帰国をしてからも船友との集まりを企画し、楽しい日々を過ごしています。


ピースボートステーションパーソナリティー

  • 伊藤千尋の 「世界は元気だ」
  • 萩原優治の 「やっぱり地球は円かった」
  • Mr.クリスの 「地球が舞台!グローバルコミュニケーション」
  • カメちゃんの 「地球通信」
  • 石丸健作の「地球で遊ぶ、地球で学ぶ」
  • 恩田夏絵の「グローバルスクール日記です」
  • ハナの「地球一周準備日記」
  • 和志の 「世界一周旅だより」
  • ちかの 「徒然、30才の地球一周たび日記」

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2010年08月03日

8月に思う。

東京の萩原です。

7月の三連休の中日夜に、PB54回クルーズの船友である、タマ=児玉百合子、ミヅホ=田村(旧姓:出口)瑞穂さんご両人が、なんとミヅホの夫君も一緒に来宅してくれた。

我が家は“梁山泊”の如く、客人を歓迎する家風なので、妻・節子、次女・優佳とともに、涼しいガーデンテラスにて、23時ごろまで、呑み、かつ、喰らい、語り合った。古人いわく“友遠方より来るまた楽しからずや”の心境。


さて、8月になった。我々日本人にとって特別な月である。二度と再び戦争を起こさないという決意を込める月として。

過ぐる6月19日(土)に「九条の会」結成6周年記念行事も兼ねて『井上ひさしさんの志を受けついで~日米安保の50年と憲法9条~』という講演会が、日比谷公会堂で開催された。

作家・大江健三郎氏は「抑止力」(Power of Deterrence)のDeterとは、相手を脅かすこと、威嚇することを意味する。アメリカの核の傘が中国/アジアの緊張の原因になっていると指摘され、これから「日本政府がとるべき道は、沖縄の普天間基地をはじめ在日米軍基地の縮小であり、憲法に基づき、国の根本的なあり方を変えていく必要がある」と力強く述べ感銘を与えられた。

憲法学者の奥平康弘氏は、憲法9条で保障された「平和的生存権」と憲法25条の「国民の生存権」は密接不可分であり、憲法9条は世界に広がっていることを指摘し、沖縄の人々は「米軍基地はいらない」、「即刻、撤去せよ」との痛切な思いを示したと話された。

作家・澤地久枝氏は「九条の会」は結成6年で、権力側の“モグラ叩き”にあっても潰されないだけの勢力になった。ゲームセンターの“モグラ叩き”では最後にモグラが負けるが、「九条の会」は連帯の手をつなぐことも、世間に対し発信することもできるので、権力側の圧力に屈しない力があると発言。「九条の会」設立発起人の一人である井上ひさし氏の最後の作品「組曲虐殺」の「後に続く者を信じて走れ」の言葉を引用しつつ、「私たちが望んでいるのは平和で豊かな生活です。消費税率10%の方針は、庶民の生活を脅かすもので断然許せない」と結ばれ、2,000人余の満員の聴衆が共感した。

哲学者・梅原 猛氏、評論家・鶴見俊輔氏、女性問題活動家・三木睦子氏らからも、熱いメッセージが寄せられ、支持層の厚さを感じた。

井上ひさし氏夫人ユリさんからも「粘り強く、おおらかに、楽しく運動を続けましょう」との挨拶があり、「井上ひさしの九条への深い思いが全て表現されている」(井上ユリさん談)という代表作『吉里吉里人』の一節を、井上氏と親交が深かった演劇家・佐藤修三氏が朗読された。

日本人にとっての8月は、広島の日、長崎の日、敗戦の日、と続く月。

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2010年07月08日

美術館に思う。

東京の萩原です。

私の数多い趣味の中で最も大切にしているのが美術鑑賞である。尤も、かつてカルチャー総合雑誌『Invitation』創刊編集長を務めた際には、趣味ではなく仕事になってしまい残念だったが。

今年も既に半年が経ったが、この半年間に、大小取り混ぜると30回以上の美術展に行っている。以下にざっと振り返ってみる。

・1月「ボルゲーゼ美術館展」:東京都美術館
・2月「国宝 土偶展」:東京国立博物館
・3月「長谷川等伯展」:東京国立博物館
・4月「マネとモダン・パリ」:三菱一号館美術館
・5月「ボストン美術館展」:森アーツセンターギャラリー
・6月「オルセー美術館展」:国立新美術館

もちろん上記のような“人気美術展”以外にも足を運んでいる。宝物のように大事にしている美術展ノートからランダムに拾う。

・東京国立近代美術館 ・国立西洋美術館 ・東京都現代美術館
・山梨県立美術館 ・横浜美術館 ・横須賀美術館 ・原美術館
・松涛美術館 ・世田谷美術館 ・Bunkamuraザ・ミュージアム
・川村美術館 ・ポーラ美術館 ・出光美術館 ・根津美術館
・五島美術館 ・畠山記念館 ・大倉集古館 ・静嘉堂文庫
・ブリヂストン美術館 ・山種美術館 ・松岡美術館 ・百貨店企画展

美術展を楽しむコツの一つは、ゆっくりとマイペースで見て周る。ところが、このごろは、そうもいかないことが多い。その理由の一つは、国公立美術館があの悪名高い“独立行政法人”になったことが起因しているように思う。利益を追求するあまりに、一般受けする大型企画に走り、広告キャンペーンを張り、あまつさえ音声ガイドの貸し出しを熱心にし、ショップを拡充している有様。

殊にいただけないのが、あの音声ガイドという代物。私自身も持ち前のジャーナリスト精神から、何回か借りてみた。その内容たるやまさにお粗末の限り。学芸員が制作した解説ナレーションを美術の知識があろうとも思えないタレントがくっちゃべっている。というわけで、音声ガイドのある絵画の前ばかり人だかりがする。

大体、美術作品の鑑賞などという、ごく個人的な趣味の領野に関しては、それぞれの感性を磨いて見れば良い、というのが持論だ。自分にとって好きな作品かどうか、が基準でも良いと思っている。音声ガイドという“お節介マシン”は、どうにかならないものか。ピースボート地球一周の船旅や個人的な海外旅行でも、たくさんの美術館廻りをしたが音声ガイドは少なかった。国民性なのだろうか。

そういえば、2006年10月末に54回クルーズが帰航した直後のこと、東京都美術館に「日展」を見に行った。その広い会場内で、CCとしてボランティア通訳を務めてくれた前原(現・杉浦)麻耶さんに会った。偶然の出会いが嬉しく、その後に私の地元・下北沢で開いた飲み会にも参加してくれ、赤い糸(笑)は続いている。美術館が取り持つ縁。

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2010年06月08日

『銀座電脳倶楽部』のこと。

東京の萩原です。

このブログにも、何回か書いたことがあるが、私が主宰している異業種交流会『銀座電脳倶楽部』の第29回例会を先週開催した。

今回は、男性参加者30人+女性14人+大学生(男女同数)4人で、合計48人。年齢的には、20歳~65歳と、実に幅が広い。職業も、出版社勤務、コピーライター、グラフィックデザイナー、公務員、カメラマン、イラストレーター、地方政治家、IT技術者、書道家、メーカー勤務、音楽プロデューサー、不動産会社経営、大学教授、などと、さまざまな分野の人材が参集し、まさに百家争鳴だった。

私は生来おっちょこちょいな性格のため、推されたり頼まれたりして、代表を務めている団体が大小取り混ぜて10以上にもなる。その中で最も“大切なこと”として、重要視をしているひとつが、創立以来10年余を数える、この『銀座電脳倶楽部』なのである。

銀座は東京というよりも日本の中心であり、華がある。電脳とは中国語でコンピューターの意味だが、難しいことではなく、単にE-Mailだけでお互いに連絡を取り合うぐらいの軽いノリである。如何にもコピーライターらしいネーミングだが気に入っている。

会則とか、入会金とか、年会費などは皆無。オブリゲーションも無し、という緩い組織。「来る者は拒まず、去る者は追わず」という考え方が基本的なコンセプトで、登録者170人ほどなのである。

私は、ピースボートの地球一周の船旅に乗船して、最も良かったことの一つに、参加者間の格差が全く無かったことが挙げられる。国籍、性別、年齢、職業、学歴、思想、宗教、出身などが全く問われない場所は、ピースボートとキリスト教会しか私は知らない。

私は『銀座電脳倶楽部』の運営にも、ピースボートでの経験則が、大いに役立ち、これが10年以上も続いている秘訣かもしれない。

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2010年05月26日

『日本の青空』II『いのちの山河』

東京の萩原です。

日本国憲法制定秘話を画き、静かな話題を呼んだ、数年前に公開された映画『日本の青空』をご覧になった方も多いと思う。今回、同映画と全く同じプロデューサーおよび監督による作品を紹介する。

主人公である深澤晟雄(まさお:1905~1965年)は、長く無医村であった岩手県北部の沢内村の村長として、「豪雪/多病/貧困」という悲惨な問題を克服するために、無理解な国を相手に、法律違反を覚悟の上で、老人と乳児の医療費無料化に踏み切る。

その結果、全国でも最悪であった乳児の死亡率を、全国初の死亡率ゼロへと導く。老人も長命化した。この“生命行政”を実現するためには、深澤と村民たちの奮闘の日々と数々のドラマがあったのだ。

深澤晟雄・沢内村長が、「前例がない」という役人特有の頑迷固陋な理屈を唱える厚生省を相手に一歩も引かなかった唯一の論拠は、日本国憲法第25条にある「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という条文である。

この条文こそは、憲法第9条と並んで、我々日本国民が最も大切にするべき唯一無二の規範なのである。

◆プロデューサー:小室皓充(日本の青空、他)
◆監督:大澤 豊(日本の青空、他)
◆出演:長谷川初範、とよた真帆、加藤 剛、宍戸 開、大鶴義丹、
小林綾子、浜菜みやこ

たまたま、友人の女婿がこの映画の製作スタッフとして関わっており、観賞券の頒布を依頼された。

宣伝チラシを見ていて大発見した。私が懇望されて2008年ラジオ番組『げんき一番!』に一週間出演し、自称“ピースボートのエヴァンジェリスト”として、地球一周の船旅に関して語った折のパーソナリティを務めてくれた浜菜みやこさんが出演しておられた。浜菜みやこさんとはこの時のご縁で、私が主宰している『銀座電脳倶楽部』にもご参加いただいている。


なお、この映画は、全国各地での上映会にて公開。
東京地区での今後の上映会スケジュールは、以下。

●6月2日(水):多摩市 パルテノン多摩ホール
●6月4日(金):東村山市 東村山中央公民館ホール
●6月8日(火):杉並区 セシオン杉並ホール
●6月11日(金):江東区 ティアラ江東大ホール
●6月12日(土):あきる野市 秋川キララホール
●7月31日(土):東久留米市 中央公民館
●8月1日(日):狛江市 エコルマホール
●9月11日(土):日野市 七生公会堂
●9月22日(木):北区 北とぴあ大ホール
●10月11日(月):東大和市 ハミングホール

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2010年05月26日

代田・九条の会。

東京の萩原です。

過ぐる5月8日(土)午後、下北沢駅至近の日本キリスト教団東京都民教会を会場として、代田・九条の会講演会を開催。

演題は、「沖縄に心をつないで40数年間―沖縄・基地・平和、そしてアレン・ネルソン氏」。講師として迎えたのは、報道写真家の嬉野京子さん。貴重な写真を映写しながらの熱弁。

沖縄がまだ日本に復帰する前の1965年および1967年に沖縄に渡った時の話が中心であった。私の心に強く残った写真は、1965年の祖国復帰行進団と一緒に行動していた時に起こった米軍のトラックに轢き殺されて道路に横たわっている幼女と、その遺骸を取り囲んでいる米兵たち。沖縄の警察は何も手出しができず、ただ米軍車輌の交通整理をしていただけだった。
この衝撃的な写真は、米軍に見つからないように、行進団の人々の背中越しに撮られ、見つからないように本土に運ばれ、発表されたそうである。カメラは剣よりも強し、を実感した。

1967年の伊江島での団結小屋の農民を撮った写真も印象に残った。団結小屋に座り込んだ農民を、米兵が4人がかりでモノのようにトラックに放り投げる写真を撮ったことで、米軍憲兵大佐の尋問を受けたそうだ。米軍統治下の沖縄では、米軍命令により、「生殺与奪の権利は米軍が有する」として、沖縄の人々には何の権利も無かった時代である。憲兵大佐の質問に「答える義務はない」と返答し、なんとか放免されてから、沖縄人民党や島の人々の献身的な協力を受け、伊江島を脱出し、沖縄本島を経て本土に帰還するまで、まさに命がけであった、と感動した。

1972年に沖縄は返還された。が、日本にはまだ米軍基地がありその75%が沖縄に集中している、という現実を考えると、日本国憲法の理念に、もっと日本を近づけたい。日本の最大の安全保障は米軍基地や軍事力ではなくて、九条の力だ、と強く思う。
いわゆる普天間問題は、今急に起こったわけではないのである。

元ベトナム従軍兵のアレン・ネルソンさんは、54回クルーズで水先案内人を務めた。嬉野京子さんは故人とも親しかったとか。沖縄の話のためネルソンさんの話に言及できなかったのは残念。

公共施設が我々の活動に対して使用申請を却下する中で、会場の提供を快諾してくださった東京都民教会の亀田正巳牧師をはじめとする教会員の皆さんに、心底からの感謝を表徴する次第である。

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