地球一周の旅を学ぶ人が集うサイト ピースボートステーション

資料請求専用フリーコール TEL:0120-95-3740 受付時間10時縲・0時 定休日:日・祝 携帯電話・PHS利用可能

萩原優治の「やっぱり、地球は円かった」

プロフィール

画像

名前:萩原優治
出身地:東京都世田谷区
趣味:登山、旅行、美術鑑賞、映画鑑賞、読書
一言:帰国をしてからも船友との集まりを企画し、楽しい日々を過ごしています。


ピースボートステーションパーソナリティー

  • 萩原優治の 「やっぱり地球は円かった」
  • GETスタッフの 「地球が舞台!グローバルコミュニケーション」
  • 石丸健作の「地球で遊ぶ、地球で学ぶ」
  • 恩田夏絵の「グローバルスクール日記です」
  • 伊藤千尋の 「世界は元気だ」
  • 美幸の「世界と海の上の日記」
  • 和志の 「世界一周旅だより」2
  • りょうの 「世界一周見聞録」
  • みっとしの 「地球散歩」
  • カメちゃんの 「地球通信」
  • ハナの「地球一周準備日記」
  • ちかの 「徒然、30才の地球一周たび日記」

最新記事


アーカイブ


最新コメント


2010年05月26日

代田・九条の会。

東京の萩原です。

過ぐる5月8日(土)午後、下北沢駅至近の日本キリスト教団東京都民教会を会場として、代田・九条の会講演会を開催。

演題は、「沖縄に心をつないで40数年間―沖縄・基地・平和、そしてアレン・ネルソン氏」。講師として迎えたのは、報道写真家の嬉野京子さん。貴重な写真を映写しながらの熱弁。

沖縄がまだ日本に復帰する前の1965年および1967年に沖縄に渡った時の話が中心であった。私の心に強く残った写真は、1965年の祖国復帰行進団と一緒に行動していた時に起こった米軍のトラックに轢き殺されて道路に横たわっている幼女と、その遺骸を取り囲んでいる米兵たち。沖縄の警察は何も手出しができず、ただ米軍車輌の交通整理をしていただけだった。
この衝撃的な写真は、米軍に見つからないように、行進団の人々の背中越しに撮られ、見つからないように本土に運ばれ、発表されたそうである。カメラは剣よりも強し、を実感した。

1967年の伊江島での団結小屋の農民を撮った写真も印象に残った。団結小屋に座り込んだ農民を、米兵が4人がかりでモノのようにトラックに放り投げる写真を撮ったことで、米軍憲兵大佐の尋問を受けたそうだ。米軍統治下の沖縄では、米軍命令により、「生殺与奪の権利は米軍が有する」として、沖縄の人々には何の権利も無かった時代である。憲兵大佐の質問に「答える義務はない」と返答し、なんとか放免されてから、沖縄人民党や島の人々の献身的な協力を受け、伊江島を脱出し、沖縄本島を経て本土に帰還するまで、まさに命がけであった、と感動した。

1972年に沖縄は返還された。が、日本にはまだ米軍基地がありその75%が沖縄に集中している、という現実を考えると、日本国憲法の理念に、もっと日本を近づけたい。日本の最大の安全保障は米軍基地や軍事力ではなくて、九条の力だ、と強く思う。
いわゆる普天間問題は、今急に起こったわけではないのである。

元ベトナム従軍兵のアレン・ネルソンさんは、54回クルーズで水先案内人を務めた。嬉野京子さんは故人とも親しかったとか。沖縄の話のためネルソンさんの話に言及できなかったのは残念。

公共施設が我々の活動に対して使用申請を却下する中で、会場の提供を快諾してくださった東京都民教会の亀田正巳牧師をはじめとする教会員の皆さんに、心底からの感謝を表徴する次第である。
コメント

コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になります。承認されるまではコメントは表示されませんので、しばらくお待ちください。

お名前
メールアドレス
URL
コメント

ページ上部へ戻る

| サイトマップ  | お問い合わせ  | リンク  | 会社案内  | 旅行業約款  | 個人情報について  | ピースボートセンターのご案内  |