2011年08月02日
やっぱり、ニッポンではなく、ニホンだ。
●東京の萩原です。
やっぱり、ニッポンではなく、ニホンだ。
今朝のニュースで「なでしこジャパン」のチーム全員に国民栄誉賞が授与されることが決定、とあった。今までは個人対象だったので、団体対象は初めての快挙、とのこと。心からおめでとう、と言いたい。
しかし、女子サッカー・ワールドカップに限らず、国際的な対外試合での「ニッポン!ニッポン!」のコールには、大いなる違和感を覚える。まるで、戦争体験のある方々から聴く「大日本帝国」を彷彿させられるのは、独り私だけではないだろう。詩人として名高い西條八十氏もその一人だったようだ。
詩人・西條八十は、大衆の心に寄り添う、大衆を元気づける流行歌を書くことを自分の仕事と決めて数多くの傑作、ヒット曲を生み出したことは、かなり知られている事実であろう。第二次世界大戦中も、前線で戦っている兵士や銃後の守りとして協力し合っている一般市民たちの国を愛する気持ちに寄り添い、励ますために数多くの軍歌や愛国歌謡を作詞した。しかし、戦争末期になり、教え子たちを学徒出陣で送り出す頃になると、自分のしてきたことへの疑問や後悔の念が胸の中に高まってきた。
敗戦後、東宝が石坂洋次郎原作の青春小説『青い山脈』を映画化するにあたり、主題歌の作詞を西條八十に依頼してきた。小説を読んだ西條は、田舎の高校の古い体質と若い教師や生徒たちの新しい感覚に、これまでの軍国主義と(まだ良く解らないけれど)民主主義と呼ばれるものの対比を感じ、「古い上着よ さようなら」というフレーズが浮かんだそうだ。
同じように「雪崩は消える 花も咲く」にも軍国主義の圧迫が消えた喜びを表している。さらに、荒廃した焼け跡からの復興を祈って「雨に濡れてる焼け跡の 名も無い花もふり仰ぐ」と歌い、4番で戦争で親を失った人たちに捧げて、「父も夢見た 母も見た」と父母が果たせなかった夢を若い世代が引き継いで行くことへの希望を書いたわけである。
この詞を書いて、敗戦で悲嘆のどん底にある大衆を元気づけることが、西條八十にとっては、戦時中に不本意な作詞をさせられてきたことへの「落とし前」をつけることだったようだ。
その他、数々のヒット曲の作詞の裏話が書かれている『流行歌(はやりうた)西條八十物語』(ちくま文庫)は仕事の合間や外出の行き帰りに読むのに最適であった。
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