
名前:伊藤千尋
出身地:山口県下関市
趣味:旅、フルート、合唱、詩吟、ワイン、読書、映画、登山
特技:合気道、スペイン語、ルーマニア語、ロマ語、速読、速筆、講演
一言:ピースボートと関わって20年。ここ10年以上は毎年水先案内人として乗船してきました




2010年01月02日
明けましておめでとうございます。
「はたらけどはたらけど猶我が生活(くらし)楽にならざりぢっと手を見る」と啄木がうたったのは、1910(明治43)年7月26日の夜でした。それから今年で、ちょうど100年になります。
啄木は当時の日本を「時代閉塞の現状」と嘆きました。今の日本も似たような状況です。正規労働ではない派遣労働が増え、株や為替を操作するだけで高い収入を得る人がいる一方で、汗を流して働く人々は収入が先細るような社会。それは公正でも正義でもありません。
私が米国での特派員勤務から日本に帰国した2004年、不思議に思ったことがあります。日常のあいさつ言葉が「お疲れさま」に変わっていました。日本を離れたのが2001年ですから、その3年間に日本は急速に「疲れる」社会に変化したわけです。朝から「お疲れさま」とあいさつされる社会って、どう見てもおかしい。
それと並行して、日本は「お笑い社会」になりました。くだらないテレビ番組がはやり、チャンネルを押せばどこかにお笑いタレントが出ています。本来、笑いは歓迎されるべきものですが、今はなぜ「笑い」でなく「お笑い」なのでしょうか。
「お」には自嘲が込められています。本当の「笑い」は頭を活性化させますが、刹那的な「お笑い」は頭をマヒさせます。今の自分が抱えた深刻な状況を忘れたいがために、人はお笑いに走るのでしょう。市民が自分の頭で考えなくなれば、支配者は好きなように社会を動かせます。
明治の日本は、管理を徹底して邪魔者を排除し、お上の言うままに命も捧げる従順な国民を育てました。同時に富国強兵に走り、他国を市場とすることで発展しようとしました。NHKが今、明治を描いた「坂の上の雲」を鳴り物入りでやっているのは、偶然とは思えません。まさしく100年前の社会と今と、通じるものがあります。
先が見えないと言われる今、私たちはどうすればいいのでしょうか?
幸い、私たちはこの100年の歩みを知っています。いや、100年もさかのぼる必要はありません。ほんの10年ほど前の日本は、今ほどひどい状況ではありませんでした。どうしてこんな社会になったのか、その原因を探れば処方も見つかります。
中南米はすでに処方をみつけて「もう一つの発展」に邁進しています。アメリカ流の新自由主義と決別し、独自の道を目指しています。日本も、民主党のごたごたなんかでウロウロしているときじゃない。新聞もテレビも日本やアメリカの新政権のドタバタばかり大きく伝えていますが、そんなことより、しっかりと新たな社会に踏み出した世界を知る方が大切でしょう。
世界を知る、ということは今の日本に、ますます大きな意味を持つようになりました。
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