PEACE BOAT 地球一周の船旅

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第88回クルーズレポート

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Life Onboard

6歳の少年が見た原爆

山下泰昭さん/ブロードウェイラウンジ

2015年10月28日

コズメルからこの旅に合流した水先案内人、山下泰昭さん。6歳の時に長崎で被爆、30歳を前にメキシコに移住し現在もメキシコに暮らしています。70年前、あの「キノコ雲の下」で何があったのか、貴重な証言を語っていただきました。
「食糧不足から疎開のために移動中、長崎の中心部を通った時に原爆に遭いました。雷が100個同時に光ったかのような閃光が走り、10分間くらいでしょう か、何の音もしませんでした。とっさに母が私に覆い被さって守ってくれたんです。周囲には、何もかもが無くなり、遺体だけがありました。『地獄』という言葉でも済まされない、そんな状況でした」被爆直後の様子をこう語ります。

その後、長崎の原爆病院勤務を経てメキシコに移住します。しかし「当初は、被爆経験は絶対に誰にも話すまいと思っていた」と言います。自身の体験を語るきっかけとなったのは、急性肺炎を患ったこと。親身に看病をしてくれたメキシコ人に初めて、自身が「ヒバクシャ」であることを打ち明けます。
そして、より多くの人に話して欲しいという依頼を受け、講演会に登壇。「苦しみながら語り終えた時、苦しみが少しだけ和らいだように感じました。ピースボートの『ヒバクシャ地球一周 証言の航海』に参加し、世界各地で体験を語りました。その後、米国の学生に向けて語る場もできました。彼らは本当に真剣に聞いてくれて、質問もたくさん出ました。」自らの体験を語ることを振り返ります。

「皆さんひとりひとりに『核兵器は必要ない』と声をあげて欲しい。きっと、核のない世界は作れます。生きていることは、素晴らしいことなんです。核兵器はそれを奪う。ひとりひとりの声は小さくとも、小さなことが世界を変えるきっかけになります。皆さんの心に平和の種を。いずれ大きな木になります」。そして、被爆から70年の月日が流れ、風化への懸念が高まることに触れ「被爆者の証言を支えてほしい」と語ります。私たちが出来ること、やるべきことがある――山下さんの言葉を受け止め、核のない世界へ一歩を踏み出す、大切な講座となりました。

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