PEACE BOAT 地球一周の船旅

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第97回クルーズレポート

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Life Onboard

ふたつの占領が残したもの

古沢希代子さん(東京女子大学教授[東ティモール研究]) / ブロードウェイラウンジ

2018年03月18日

180318-7952.jpg東京女子大学の教授を務める古沢希代子さんに、次の寄港地、東ティモールの歴史についてお話いただきます。「ティモール島は16世紀にポルトガルの植民地になりました。ティモール島は第二次世界大戦時、日本軍にとってインドネシア侵攻への重要拠点で、オーストラリア軍にとってオーストラリア北部に近く、占領されると自国の脅威になると考えました。」当初、オランダ軍とオーストラリア軍が保護占領し、ティモール島の戦いのあと、日本軍が占領しました。
 

180318-7946.jpg 「日本軍の占領は、第二次世界大戦に敗戦するまで3年半続きました。この間、強制的に軍用道路を建設させられたり、食料の押収、慰安婦として連行など、住民に寝る時間や農業をする時間を奪い、死者や食料問題を引き起こしました。」反抗する者や、オーストラリア・ポルトガルに協力した疑いがある者は処刑されたといいます。終戦後、日本軍の撤退に伴い、再びポルトガルの占領下に置かれた東ティモール。「日本軍へ協力していた疑いのある者は、ポルトガルの制裁によりアタウロ島に流され、その多くは命を落としました。慰安婦の女性たちはポルトガルに拘束されたり、周囲の人から差別を受けたり、心に大きな傷を負いました。時が経っても傷が癒えることはないでしょう。」2002年に東ティモールは独立し、日本との国交を樹立。外務大臣の東ティモール訪問や、経済支援などを通じて関係は築かれています。日本と東ティモールの歴史を知る、貴重な講座となりました。

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