乗船者インタビュー

いい出会いが僕を導いてくれた、最高の旅でした。

田中颯吾さん(埼玉県 / 22歳)

いろいろなタイミングが重なって

ずっとスポーツ一筋で小中高はサッカーを、大学からは心機一転ラクロスを始めました。1年の時には全国制覇までして、大学生活はずっとこんな生活だろうと思ってましたが、事情があって部の活動が停止しました。このまま大学生活が終わってしまうのかなと思っていたときに、ピースボートに乗船した祖父母が僕にその魅力をたくさん伝えてくれたんです。もともと留学を勧めてくれていましたが、部活があって。でもその部活が途切れてしまったところで、なんだか導かれているような独特のタイミングでしたが、心を決めて「乗ろう」と思ったんです。

海外を見据えたら心境に変化が

大学3年生の終わりごろに外資系メーカーへの就職が内定して、勤務地が海外になる可能性も視野に入ってきました。両親との海外旅行の経験はあったけど、「自分の目で見てくることも大事じゃない?」という後押しもあって。僕自身は昔から日本のカルチャーが好きなんです。欧米のように“前へ前へ”出るような考え方よりも、日本の“わびさび”じゃないですけど奥ゆかしさがいいなと。日本には四季もあるし、いろんな魅力的な場所はあるし。だから国内で十分楽しめるし、まだ時間はあると思っていました。でも就職が決まったことで、これじゃもったいないなという気持ちも強くなりましたね。

たくさんの出会いに恵まれて

実際にこうして海外に出てみると、知らないままなのはもったいないなと感じますね。今まではどちらかというと海外を冷めた目で見ていたし、周りには海外への憧れが強い人も多かったけど、自分は“日本男児魂”みたいなのを大事にしたいと思っていて。でも船で麻雀をやっていた時に知り合った経験豊富なシニアの方たちに「もっと広い世界に羽ばたけるチャンスを無駄にするのはもったいない」と言われました。尊敬できる人たちが口を揃えてそう言ってくれて、心が引っ張られるような話もたくさん聞かせてくれました。対局中は必然的に会話が生まれるし、たくさんのいい出会いがあったなと思います。

憧れの社交ダンスにトライ

この船で社交ダンスを始めたんです。好きなアーティストのミュージックビデオに社交ダンスのシーンがあり、それを観て憧れがあったので、大学でも「舞踏論」という授業の単位を取ったんですが、文化や歴史的な側面を学ぶだけで実践はなかった。だからこの船でのレッスンは欠かさず通いましたし、発表会では一番前で踊りました。主催者のご夫婦が若者を大事にしてくれて、「若者が前に出なきゃ!」というスタンスで。そこでもたくさんの素敵なシニアの方と知り合えて、バーで一緒にお酒を飲ませていただいたり、共通の楽しみをもてたことが本当によかったです。

レイキャビクで大自然を体感

寄港地では、アイスランドのレイキャビクが印象に残っています。永久凍土で氷河がむき出しなんです。街には坂があって、繁華街もメインストリートもあるんですけど、そのちょっと横の方を見るとでっかい氷河がそびえ立ってるみたいな景色で、とても思い出に残りましたね。それに本場のアイリッシュパブみたいなところで夜を明かしたのも、すごく楽しかったです。中米や欧米の国々もたくさん回りましたが、植民地時代の名残りが残っていて「〇〇っぽい国」と思う国が多かった。逆に「日本っぽいな」という場所はなかったので、改めて日本の“オンリーワン性”は感じましたね。

憧れの人からの、意外な言葉

この旅では、僕にとって特に印象的な出会いがありました。その方はすごく明るくて昭和の男という感じの、シニアの方々とヤング勢の架け橋のような方でした。その方と一緒にお酒を飲んだときに、僕の想いを話す機会があったんですね。こんなこと言うのは恥ずかしいんですが、僕は漢字の「漢」と書いて「おとこ」と読ませるような男にすごい憧れてて。例えば、船で見たあるご夫婦は男性が黙ってエスコートして、女性がそれに付いていく阿吽の呼吸があって、そのロマンみたいなのに僕はすごい惹かれてて。それで「そういうのに憧れる」って話をしたんです。

そしたらその方は「今は“表現の時代”だ」って仰って。これからは前に出て「自分がこれだけやった」っていうのをいかに表現するかを磨いていかないと大きくはなれないと。「今、一生懸命表現しようと頑張ることこそが、いつか背負うものができたとき背中で語れるようになるよ」って言ってくださったんです。だから今は、もてる力を精一杯使って表現したいと思うんです。いろんなめぐりあわせがあって、本当に流れるように、吸い寄せられるようにここまできましたけど、最高の旅でした。

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