寄港地の面白さと現地での学び
寄港地の歴史や社会に触れ、人びととの出会いを通して世界をより深く知る――。それはピースボートの原点ともいえる旅のかたちです。
シンガポールで戦争の記憶をたどりながら、歴史と向き合う旅へ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家の高瀬毅さんによる連載第4回をお送りします。
高瀬毅 / ジャーナリスト・ノンフィクション作家
長崎市生まれ。被爆二世。元ニッポン放送記者。ラジオドキュメンタリー『通り魔の恐怖』で日本民間放送連盟賞最優秀賞。ラジオ・TVのナビゲーター、コメンテーター、雑誌『AERA』の「現代の肖像」で40人の著名人を取材。著書に平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞した『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(平凡社・文春文庫)など多数。2025年『「ナガサキ」を生きる──原爆と向き合う人生』(亜紀書房)を上梓。
YouTube「デモクラシータイムス」で政治問題を中心に発信
ピースボートの魅力のひとつは寄港地にもある。地球一周の場合、その数は20前後に上る。それぞれの土地には有名な観光地がある。存分に楽しめば、旅の思い出はより多彩になるだろう。ただ、どんなところにも政治的、社会的な問題やそれに関係する歴史があり、そうした場所を訪ね、当事者と交流するツアーも意義がある。それこそがピースボートの原点ともいえる「旅の仕方」で、他の多くのクルーズ船と決定的に違う点といえるだろう。水先案内人として毎回数か所の寄港地に立ち寄る私も、それを楽しみにしている。
今回の私の旅の二つ目の寄港地はシンガポール。誰もが知る都市国家。訪れたことのある人も多いだろう。街は清潔感にあふれ、道も広く、緑もうまく配置されていて美しい。なによりアジアを代表する金融都市であり、経済的な豊かさが町の随所にうかがえる。地下鉄もバスもクレジットカード1枚で乗る事ができ、実に便利でスムーズ。快適な街である。アジアの発展は頼もしく、母国ではなくとも、とても嬉しくなる。私は妻とともに、知り合いのご夫婦と4人で自由に歩くことにした。
私たちが目指したのは中心部にある戦跡のひとつ。血債の塔。マリーナ・ベイに面したシンガポールの象徴的な像、有名なマーライオンまで歩いて15分くらいの位置にある。血債の塔は戦争慰霊碑の通称。先の大戦で日本軍がシンガポールを占領していた時期に犠牲になった市民を追悼するために建てられたモニュメントだ。高さ68メートルの4本のタワーが束ねられるように立つ。シンガポールを構成する主要民族コミュニティを象徴しているとされている。血債とは、中国語で「人民を殺害した罪、血の負債」という意味である。
かつて日本がアジアに残した傷跡について、私たちはどこまで知っているだろうか。正直なところ、残念ながら弁解の余地のない加害である。アジア諸国の人々は過去の記憶を忘れてはいない。それを示すのが「血債の塔」だ。日本の教科書では戦争と言えば、真珠湾攻撃によって火ぶたを切った対米戦争がどうしても中心になる。だが、その前段階がある。ひとつの区切りを作るなら、1931年の満州事変から37年の盧溝橋事件によって始まる日中戦争。その後の泥沼からの資源を求めての東南アジア侵攻である。
真珠湾攻撃と同日、ほぼ同時刻に日本軍が攻め入ったのがマレー半島東北部のコタバル。世界から孤立する中で東南アジアの豊かな天然資源を求めてのことだった。そこから数か月で占領したのがシンガポールだった。その過程で日本軍が引き起こした数々の事件について琉球大名誉教授の高島伸欣(のぶよし)さんに、取材や番組で数回お話をお聞きしたことがある。高島さんはマレー半島での事件について何十回も現地調査をしてきた第一人者である。その高島さんが、「最近、シンガポールで興味深い活動が生まれている」という。
それは、シンガポール駐在の日本人ビジネスマンたちが、戦前、戦中の歴史の勉強をしているというのである。勉強会もあるという。なぜ、日本のビジネスマンなどが歴史を学ぶのかというと、自分たちが駐在しているシンガポールやマレー半島で何があったのかを知らなければ、ビジネスの相手から軽く見られてしまい、取引交渉にも支障が出かねないからなのだという。歴史は一般教養なのである。歴史を知らないというのは、かつての被害側からすれば考えられないことになる。このトピックは、いつか取材してみたいと思っている。
私たち4人は、もう1か所訪ねた。日本人墓地だ。ピースボートが停泊しているハーバーからはやや遠く、たどり着くのは時間と体力を要したが、行って良かったと思う。胸を打たれたのは「からゆきさん」の墓。中には苔むして倒れかかった墓石もあり、複雑な気持ちで手を合わせた。そもそもは19世紀後半、東南アジアに渡って働いた日本人労働者のことだが、いまは主に「売春」を生業とした日本人女性の事をさす。1972年『サンダカン八番娼館』(山崎朋子)が出版されるまで、あまり知られていなかったのだった。
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