10万人が選んだ、ピースボートクルーズ-航海作家体験記-
ピースボートクルーズでは、2026年4月出航のVoyage123にて、累計乗船者数10万人を達成いたしました。乗船された一人ひとりが、世界各地でさまざまな体験をし、育まれた「ここにしかない出会い」はこれまでよりも大きな形で、日本中、世界中へと広がっています。累計乗船者数10万人を達成したその新たなる門出となったVoyage123に、航海作家のカナマルトモヨシさんにご乗船いただきました。
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文・構成:カナマルトモヨシ(航海作家)
日本各地のみならず世界の五大陸をクルーズで訪問した経験を持つ航海作家。世界の客船を紹介する『クルーズシップ・コレクション』での執筆や雑誌『クルーズ』(海事プレス社)に連載記事やクルーズレポートを寄稿している。
カナマルトモヨシさん 公式ブログ
4月7日に出航したふたつの船旅
2026年4月7日、横浜大さん橋。ちょうど3年前のまったく同じ日も、やはりここにいた。それははじめてパシフィック・ワールドに乗った日であった。そして3年前と同じく、きょうもこの船に乗り込む。船内ではセレモニーが催されている。これから開幕するVoyage123世界一周クルーズで、ピースボートクルーズの乗船者が累計10万人を達成したことを祝うものだ。正午。パシフィック・ワールドは色とりどりの傘の花が咲く大さん橋から賑々しく船出した。この船旅は3年間で遂げた進化を感じるとともに、ピースボートクルーズ40数年の歩みをたどる旅路でもあった。
たった159人から「物語」は始まった
1983年9月2日。横浜港。にっぽん丸(2代目)は小笠原に向けて出航した。その後、硫黄島沖を通過しグアムとサイパンに寄港し東京・晴海ふ頭に帰港する13日間の船旅である。定員530名の船に、わずか159人の乗客。これがピースボート第1回のクルーズだった。それでも翌年以降から、アジア太平洋をめぐる2~3週間ほどのクルーズを毎年1~2度の割合で実施。89年にインドシナ・海南島、91年にはサハリン・北方四島、南北コリアリレー訪問といったピースボートクルーズならではのユニークな企画を打ち出し、その名は広く知られていくようになった。
ピースボート大航海時代の幕開け
転機は1990年だった。ピレウス(ギリシャ)発着でピースボート史上初の世界一周クルーズ105日間を敢行したのだ(使用船はオセアノス)。さらに94年、申込者多数を受けて新さくら丸とゴールデンオデッセイの2隻で84日間世界一周クルーズを成功させる。98年からはオリビアを長期チャーターすることによって世界一周クルーズをシリーズ化。99年には日本ではじめてスエズとパナマの両運河を通過しない南回り世界一周を実施し、年間3本の世界一周を行うようになる。こうして現在の「世界一周クルーズならピースボートクルーズ」というブランドを確立した。
レテケス(Retekess)にみるパッセンジャーの多言語化
Voyage123のキャビンに入る。ベッドの上には見慣れぬものが。レテケス。通訳音声レシーバーで、多言語に対応した船内企画やイベントで使用するものという。「アジアの人たちと世界を見に行こう」。創設時からアジア太平洋をめぐる船旅を続けてきた原点に立ち返り、アジア各地からの乗船者をも募るようになったピースボートクルーズ。そしていまや全乗船者の3~4割程度を海外からの乗客が占める。この春、シンガポールと台湾でリピーターの集いが催され、それぞれ400人もの参加があったという。こうした多言語化に対応するためのレテケス導入だった。
パシフィック・ワールド、デビュー
2023年4月7日。3年間待ってくれた乗船希望者の後押しもあり、実に4年ぶりの世界一周クルーズが横浜から船出した。パシフィック・ワールドとしては初の世界一周である。自身も横浜からマニラ、さらにピレウスからティルベリー(英国)の地中海区間で乗船した。トパーズ(2003~08年チャーター)以来、個人的には18年ぶりのヨーロッパクルーズであった。ピレウスから再合流する直前、パシフィック・ワールドはスエズ運河を通り、エーゲ海に浮かぶサントリーニ島に寄港。イタリアやスペインを訪問後、ジブラルタル海峡を通過して大西洋へ乗り出した。
スエズ運河を通れなくなった世界一周
コロナ禍からの再開も束の間。2023年秋からの中東情勢の悪化により、翌年4月出航のクルーズ以降はスエズ運河通航ができなくなった。2024年初夏、2年連続でパシフィック・ワールドのヨーロッパクルーズを取材した。ただ、前年とは航路が大きく変わった。すべてのクルーズが喜望峰回りとなり、地中海エリアの寄港はできなくなったのだ。国際情勢の影響を受けやすい世界一周クルーズならではの厳しい現実だった。2026年3月に幕を閉じたVoyage122は「NO WAR」をかかげて帰港。クルーズというものは、平和であってこそ実現できるものだと思い知らされる一幕だった。
10万人乗船達成!そして未来への航海
楽しい日々はあっという間に過ぎ、香港でパシフィック・ワールドをあとにしなければならない。だが、これからアジア各地の新たな乗船者が加わる。Voyage123世界一周クルーズの乗船者数はおよそ1800人。そのなかには10万人目の乗船者も含まれる。乗船者が200人にも満たなかった第1回クルーズとは隔世の感がある。ピースボート黎明期からの夢だった”世界一周クルーズ”の実現から36年。多くの人たちが憧れる船旅の夢を10万人分もかなえ続けてきた。みんなの夢を乗せたパシフィック・ワールドは香港の夜景に溶けこんで、世界に乗り出していった。
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