インド洋と大航海時代から始まった「グローバル化」
ピースボートクルーズにはアジア各地からの乗客も多く、船内は多言語が飛び交うにぎやかな空間です。
モーリシャスからシンガポール、そしてアジアへと続く航路を進みながら、大航海時代の歴史にも思いを馳せる──ジャーナリスト・ノンフィクション作家の高瀬毅さんによる連載第2回をご紹介します。
高瀬毅 / ジャーナリスト・ノンフィクション作家
長崎市生まれ。被爆二世。元ニッポン放送記者。ラジオドキュメンタリー『通り魔の恐怖』で日本民間放送連盟賞最優秀賞。ラジオ・TVのナビゲーター、コメンテーター、雑誌『AERA』の「現代の肖像」で40人の著名人を取材。著書に平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞した『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』(平凡社・文春文庫)など多数。2025年『「ナガサキ」を生きる──原爆と向き合う人生』(亜紀書房)を上梓。
YouTube「デモクラシータイムス」で政治問題を中心に発信
1,950人。Voyage122(2025年12月~26年3月31日)の乗客数である。最大2,000人なのでほぼ満員。ピースボートの長い歴史の中でおそらく最多の乗客数だろう。そのうち約600人は海外の乗客。台湾、中国、香港、韓国、シンガポール、マレーシアなどの人たちだ。船内には多言語が飛び交う。船内アナウンスや水先案内人の講座も、英語、韓国語、中文(中国語)の同時通訳は当たり前になった。今回のクルーズで水先案内人としての乗船は8回目だが、10年前とは隔世の感がある。
ポートルイスの港を出たパシフィック・ワールド号はインド洋を東北方向へ一直線の航路をとった。コースを紹介すると、そのあと赤道を越え、インド亜大陸の南の洋上を右上に切り裂くように走る。スマトラ島北端に達すると、今度は南東へ。スマトラ島とマレー半島の間のマラッカ海峡へと入る。半島の先端には次の寄港地、シンガポール。そこまで9日間の旅程だ。シンガポールを出ると北上し、インドシナ半島東の南シナ海へ。中国沿岸に沿って東シナ海、台湾、南西諸島から沖縄本島、日本列島へと海は繋がっていく。
インド洋を旅するのは初めてだ。これまでクルーズで行ったのは太平洋5回、大西洋2回。以前からインド洋の船旅を一度してみたいと思っていた。大航海時代の幕を開けた海であり、現代のグローバル化はこの時から始まっている。その海を眺め、500数十年間の世界の歴史の変遷を想像しているだけで楽しい。お金は一銭も要らない。歴史を多少とも知っていれば旅は時空間を超えたものとなる。知識の密度が高い(具体的である)ほど、さらに面白さは増すのである。だから、歴史の勉強はやめられない。歴史の知識は旅の必携のアイテムだと思っている。
波静か。聞いていた通りだ。大西洋のように、明るい空色で、トロリと油を流を流したような海面を大西洋や太平洋で見てきた。それに近い状態の海になる。ただ、海面にはさざ波が無数に立っている。北半球が冬の場合、インド洋では、チベット高原からインド洋に向けて北東の風が吹き下ろす。10月末から3月末の間で、Voyage122はこの時期にあたり、私の乗った船は逆風の中を進んでいることになる。大航海時代、インドで香辛料などを仕入れた貿易船の欧州への帰り船は、この時期にインド洋を西へ向かったのだった。
反対に北半球の夏場、4月から9月にかけてインド洋は南西の風がチベット高原へ向けて吹く。商人たちは、この季節風を利用してインドへと向かったのだった。そんなことに思いを馳せる時間は船旅ならではの贅沢だと思う。陸で日々仕事に追われていては、まずそんなことを考えたりはしないからだ。このインド洋の航路を開拓したのは、誰もが知るヴァスコ・ダ・ガマ。ポルトガル王の命を受け、3隻の船隊で大海原へと乗り出していった。こう書くと、なんとロマン触れる話かと思う。だが、実態はまったく違うものだった。
目的は2つ。東方のカトリックの王を見つけることと香辛料を入手することだ。1498年、ポルトガルのリスボンを出港したガマは、喜望峰を回りこんで北上し、東アフリカのモザンビーク沖に現われた。そして沖合に停泊したまま、いきなり大砲をぶっ放し、犠牲者を出すなど傍若無人な行動にでたのである。カトリックの国ホルトガルのガマにとって、東アフリカに暮らすムスリムは「敵」でしかなかった。驚くべき狼藉の数々はそのあとにも他の町で展開されるのである。いやはや。当時のインド洋は波静かどころではないのだった。
ピースボートが他のクルーズと決定的に違うのは、水先案内人が船内講座を行うことだ。それぞれが専門分野や、取り組んでいるテーマを中心に400~500人の大ホールでの講演を行う。私は、自分のテーマの一つとして大航海時代と私の故郷、長崎との関係について話をさせてもらった。ガマの船出から始まったインド洋航路開拓は、その後、アジアの海の交易の魅力に惹きつけられた英国やオランダの東インド会社設立に繋がっていく。彼らはマラッカを抜け、南シナ海、東シナ海へと交易圏を広げ、アジア交易の海は活況を呈していくのだ。
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