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「思い浮かぶ顔がある」ことは平和な世界への大事な一歩

Voyage Talk -旅人が綴る風景-アーヤ藍

旅をすることは、知らない場所を訪れるだけではありません。そこで人と出会い、言葉を交わすことで、遠かった世界が少しずつ身近になっていきます。シリアで過ごした日々と、その後、戦禍に巻き込まれていった友人たちとの記憶。中国、ジョージア、モロッコでの出会い。旅は、世界に「思い浮かぶ顔」を増やしてくれるのかもしれません。映画探検家・アーヤ藍さんに、これまでの旅を振り返りながら、人と直接会うことから生まれる関心や連帯について、寄稿していただきました。

アーヤ藍 / 映画探検家
1990年生まれ、長野県育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学中にアラビア語の研修で訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になり、シリアのために何かしたいという思いから、社会問題をテーマにした映画配給宣伝を行うユナイテッドピープル株式会社に入社。同社取締役副社長を務める。2018年に独立。「映画探検家」として、映画の配給・宣伝サポート、映画イベントの企画運営、雑誌・ウェブでのコラム執筆を行う。編著書に『世界を配給する人びと』。

また必ず帰ってくると誓った朝日

2011年3月、大学のアラビア語短期研修で、シリアに1ヶ月間滞在しました。人生で初めて訪れるイスラーム圏の国に、最初こそ緊張しましたが、現地の学生たちと、食事や好きな音楽、お互いの国のことなどを分かち合ううちに、バックグラウンドの違いはむしろ「関心」の源泉となり、心の距離が近づいていくことに喜びを感じました。市場では、旅人の私たちにお茶を振る舞おうとしてくれる人がいたり、ちょうど日本で起きた東日本大震災に涙を流して祈りの気持ちを寄せてくれる人がいたり…。ささやかな、でも大切な、思い出が増えていきました。 もちろん、どんな国も「100%素敵」なことはありませんが、もっと知りたい、もっと心の距離が近くなりたいと思う1ヶ月で、最終日の朝、寮の部屋から見えた朝日に「またすぐにここに帰ってこよう。みんなに会いに来よう」と心の中で誓いました。

再訪を誓った寮の部屋から見えた朝日。

自分が居た場所が戦禍に

ところが、当時はちょうど「アラブの春」と呼ばれる民主化運動の波が、中東から北アフリカにかけて起きていた時期。シリアでも、大統領をなじる落書きをした青年たちを政府が拷問したことをきっかけに民主化デモが起き、内戦状態へと陥っていきました。 帰国して数ヶ月も経たないうちに、滞在した大学の建物も、何度も訪れた大好きな市場も、人生で最も「平和」を感じたマスジド(イスラーム教の礼拝堂)も、砲弾に崩れ、戦火に焼けていきました。現地の友人たちのSNSにも、「どこにも逃げる場所がない」「この恐怖が続くなら死んだほうがマシ」といった言葉が綴られるようになりました。

シリア第二の都市アレッポのマスジド。暖かな陽の光のもと、老若男女が思い思いに寛いでいて、「平和ってこういう時間かもしれない」と感じました。

「遠くで起きている問題」から「友達が直面している問題」に

それまでも、戦争や紛争のニュースを見れば心は痛み、早く止まりますようにと願っていましたが、どこか”遠い世界のこと”でした。しかしシリアの友人たちが戦禍に飲まれていく中で、「世界で起きている問題」が「友達が直面している問題」になりました。そして、シリアのためにできることは何だろう、一人でも多くの人に関心をもってもらいたいーーと葛藤と模索を続けた結果、今のように社会問題に関わる映画を届ける仕事に携わるようになりました。 旅をすること、”in personで”(実際に・直接)会うことは、そんな風に「自分の遠い外側」にあった存在を、ぐっと引き寄せる力があります。そのことを違う角度から「証明」してくれる、実話に基づく映画があります。『パレードへようこそ』です。

©PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

1984年のイギリス。ロンドンに暮らすゲイの青年マークは、サッチャー政権による炭鉱閉鎖政策に抗議する炭鉱夫たちのニュースを見て、彼らを支援するための募金活動を始めようと思い立ちます。自分たちもセクシュアルマイノリティの権利を求めて政府や警察と闘ってきたからです。しかし、仲間の反応は冷ややかでした。炭鉱夫からいじめられた経験がある人もいて、「炭鉱夫がゲイに味方してくれたことがあるのか?」と言い放って出ていく人も。それでも、10人にも満たない仲間と「LGSM(Lesbians and Gays Support the Miners:炭鉱夫支援 同性愛者の会)」を立ち上げ、募金活動を始めます。ところが、いざ寄付しようと各地の炭鉱組合に連絡しても、ことごとく無視されてしまいます。唯一受け入れてくれたウェールズ奥地の炭坑町へ、寄付を届けますが、一部の組合代表者を除き、町の大半からは冷ややかに迎えられます。

映画『パレードへようこそ』より
© PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.


しかし、警察にデモを理由に「見せしめ」で逮捕された町の若者を、LGSMのメンバーが自分たちの経験と知識を活かして助けたことで、少しずつ関係が変わっていきます。気になっていたことを直接質問して理解を改めたり、「男性らしさ」に縛られないゲイの姿に町の男性たちが触発されたりーー。 エイズの流行によりゲイ差別が悪化したり、長引くストライキで町民間に亀裂が生じたりしますが、ブレることなく活動を 続けるLGSMメンバーに、今度は町の人がゲイ・レズビアン差別に異議の声をあげるようにもなります。彼らの友情は、最後、大きな「連帯」へと繋がっていきます。 実話に基づく本作は、遠い「異文化」同士でも、出会い、相手を知ろうと心を開くことで、芽吹く友情があること、そして友情が芽吹けば、「友が闘っている問題」は、自分と無関係ではなくなることを教えてくれます。

映画『パレードへようこそ』より © PATHE PRODUCTIONS LIMITED. BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2014. ALL RIGHTS RESERVED.

袖ふりあうだけでも忘れられない瞬間はある

ただ「友情」まで辿りつかなくても、旅は私たちの中に小さな変化をもたらします。 中国でのトランジット中、中国語でのアナウンスしかなく不安を感じていたところ、日本を旅して帰ってきたばかりの中国人大学生が、翻訳アプリを使って話しかけてくれ、必要な情報を教えてくれたこと。 ジョージアのコンビニで、列を抜かされるという小さな差別を受けた直後、レジの店員さんが、日本語で挨拶と自己紹介をしてくれ、嫌な気持ちが一気に吹き飛んだこと。 モロッコのサハラ砂漠ツアーのガイドさんが、学校には行ったことがないのに、旅行者から口伝で学んだという複数の言語を話していたこと。 旅をしていると、相手の名前すら聞かない「袖ふりあう」だけの出会いからも、忘れられない喜びや驚きを受け取ることがたくさんあります。その国の話題に触れた時など、「そういえばあの時、あんな人がいたな」「今どうしているんだろう、元気かな」と、心に思い浮かべることは少なくありません。旅をすることは、1つの国に対して、抽象的なイメージや温度のない情報ではなく、具体的に「思い浮かぶ顔」が増えていくことなのだと思います。

昨年訪れたジョージアでは親ロシア政権に対する抗議デモが2年近く毎日続けられています。現地でできた大事な友人たちに再会しに行きたいと思っていますが、デモの弾圧に化学兵器が使われたこともあり、情勢を注視しています。

「連帯」に立派な理由はいらない

そうしたら、あとは映画の青年マークのように、手を伸ばせばいいだけです。苦境にいる人や、不正義や不公正と闘う人たちに連帯の気持ちを寄せるのに、相手から先に何かを受け取る必要もなければ、立派な理由もなくてもいいはずです。 この数年、友人に再会するために訪れようと思っていた旅の計画を、情勢不安により断念したことが二度ありました。旅を続けるための平和が、世界的にも、そして国内においても、翳りを見せている今。旅人たちの、遠い世界を引き寄せ、連帯の気持ちを育む力は、より価値をもつはずです。

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映画『パレードへようこそ』(配給:セテラ・インターナショナル)
2014年製作/制作国 イギリス/作品時間121分
https://www.cetera.co.jp/pride/

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