クルーズコレクション

四角大輔さん(作家、環境保護アンバサダー)特別レポート5

「俺が知る世界も、俺の経験もちっぽけだ。息子よ、俺にもっと広い世界を見せてくれ」-5-

2025年4月に出航した世界一周クルーズに、当時4歳の息子さんとともに乗船した四角大輔さん。大海原を航く船上で、家族と過ごす時間、そして「つながらない」ことで見えてきたものとは――。地球の秘境をめぐる旅のなかで見つけた、かけがえのない時間を綴ります。

四角大輔 / 作家・森の生活者・環境保護アンバサダー
レコード会社プロデューサーとして活躍し、その後ニュージーランド湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営み、場所・時間・お金に縛られず、組織や制度に依存しない生き方を構築。Greenpeace JapanとFairtrade Japanの日本人初アンバサダー、環境省アンバサダーを務める。著書に『超ミニマル・ライフ』『超ミニマル主義』『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』『人生やらなくていいリスト』など多数。
公式ホームページ https://daisukeyosumi.com/

ノイズが消える地球の秘境

iPhoneが「圏外」を示している。体の内なる静寂が深まる。これまでの人生で何度、この表示に救われてきたことか。誤解を恐れずにいえば、ここは地球の秘境。目前には氷の壁が迫り、冷たい風が頬をなでる。 この「ノイズレスな心の静けさ」は、山や森や谷を何日も歩き続ける、バックパッキング登山で得られる感覚と同じだ。日本では、一部のメジャーな山の頂上付近を除き、登山中は「圏外」が当たり前。特に深い森や谷では、足を踏み入れた瞬間に電波が遮断され、情報ノイズから切り離される。 思えば昔は、事故にあったら、重要な仕事の連絡が来ていたら——そんな思いが頭をよぎった。だが数時間も経てば、その〝つながらなさ〟こそが思考を自由にしてくれると実感できるようになる。そして恐ろしくなる——下界では、どれほど多くのノイズにまみれ、縛られていたかを。

Social Good Photography, Inc.

〝圏外〟に身を置くと見えてくること

街では、ぼくらはいつの間にか、常に何かと、誰かとつながっている。メール、SNS、ニュース、電話、そしてチャット。気づけば、ほんの数秒の隙間時間さえも、スマホの画面に意識が吸い込まれていく。だが、バックパッキング登山で自然の奥へ入ると、「24時間常時接続×狭い縦画面」という異常事態から解放され、視野も意識も一気に広がり、静けさがゆっくりと体の奥へ浸透していく。 そして今、アラスカのフィヨルド最奥の船の上でも、ぼくは同じ感覚を味わっている。 電波圏外は不便かもしれない。だがそれは、ぼくにとって〝社会と断絶する孤独の始まり〟ではなく、〝自分を取り戻す合図〟だ。通知も、終わりのない情報も届かない。そのノイズレスな世界では、大切なものが浮かび上がってくる。自分の内なる声、そして、息子のまなざしだ。

Yosumi Daisuke

〝つながらない〟という豊かさ

息子は、ぼくを「パパ」とは呼ばず「だいちゃん」と呼ぶ。友だちだと思ってくれているようだ。海をながめながら、そんな4歳の小さな友が聞いてくる。 「ねぇだいちゃん、イルカいるかな?」 「きっといるよ」。そうぼくは返す。小さな友と二人で海を見つめる。 答えを急ぐ必要はない。イルカに遭遇できたら感動だ、でも出会えなくてもいい。なにも得られなくてもいい。この時間そのものが、すでにギフトだ。「圏内」では、この感覚は簡単に手に入らない。 今ここでは、目の前の海と、隣にいる息子の声だけが世界のすべて。〝つながらない〟ことがこんなにも豊かな時間を生む。バックパッキング登山の単独行では得られなかった、異次元の豊かさ。息子が見せてくれた、新しくも奥深い世界への入り口である。

Yosumi Daisuke

ノイズを減らすと、仕事も整う

ニュージーランドの湖畔にあるケータイ圏外の自宅も、この船と似たような環境だ。Starlinkという衛星インターネットだけが、外界との接点。船上のStarlinkは、高価だから時々つなげるだけで、一部海域では規制がかかる。湖畔では自分の意思でつなげ、嵐の日は不安定になる。ネット世界との距離感は、これくらいがちょうどいい。 必要なときだけネットにつながり、それ以外の大半の時間は、大自然や、目の前のリアルと向き合う。息子が生まれてからは、彼こそがその対象となった。自宅前の荘厳な湖、船の周りの雄大な海——息子は、それに負けないくらいの、小さな大自然だ。 今回の世界一周では、膨大なノイズレスタイムを新刊の執筆に充てた。情報を遮断すると、集中力は驚くほど高まる。大海原に囲まれて原稿に向かっていると、思考が澄みわたっていく。これは、愛する湖畔の我が家以上かもしれない。 向き合っていたのは、海外で発売になる新刊と、息子に宛てた一冊だ。後者は、いつか彼が、ぼくらの元から、ひとりで旅立つ日のための本。

生きていてもっとも幸せな瞬間とは

時間にも場所にも縛られない、自宅が職場という作家業はいい。家事も、子育ても、妻との完全なツーオペが可能で、一日の大半が息子との宝の時間にできるから。今回の船旅がさらにいいのは、家事はほぼ不要——息子との時間がこれまで以上に濃く、ゆっくり流れている。 海風を感じながら話をしたり、デッキで絵本を読み聞かせたり、海の生き物を探したり、ただ並んでひたすら風景を眺める。その間ぼくは、息子の目の動きと表情を見つめ続けている。至高のマインドフルネスだ。 当連載で書いたとおり、ぼくは「水際族」だ。水面を眺めている時間こそが至福。そんなぼくが、船上でもっとも眺めていたのは海ではなく、息子の表情という「絶景」だ。そしてふと気づく——湖をずっと眺めたくて、すべてを手放してニュージーランドに移住したのに——息子の誕生以降、湖面そっちのけで息子を見続けてきたことに。 「生きていてもっとも幸せな瞬間は?」と問われれば——幼少期からニュージーランドに移住してしばらくの40年間は、ずっと「魚がかかった瞬間」だった。それがある時から「読者から感想をもらう瞬間」に。だがいつの間にか、「息子の笑顔と笑い声」こそが、人生でもっとも幸せな瞬間となっていた。 その瞬間にもっとも多く出会えたことこそが、家族との地球一周クルーズの最大のギフトだろう。

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