四角大輔さん(作家、環境保護アンバサダー)特別レポート7
旅が始まったころは「ニュージーランドに帰りたい」と言っていた息子が、旅の終わりには「船から降りたくない」と言うようになった。107日間の旅は、家族にどんなものを残したのだろう。世界各地で出会った風景や文化、そして海の上をゆっくり進む時間を通して、四角大輔さんが身体で感じた「世界の広さ」と、旅がもたらしたものとは?
四角大輔 / 作家・森の生活者・環境保護アンバサダー
レコード会社プロデューサーとして活躍し、その後ニュージーランド湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営み、場所・時間・お金に縛られず、組織や制度に依存しない生き方を構築。Greenpeace JapanとFairtrade Japanの日本人初アンバサダー、環境省アンバサダーを務める。著書に『超ミニマル・ライフ』『超ミニマル主義』『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』『人生やらなくていいリスト』など多数。
公式ホームページ https://daisukeyosumi.com/
〝地球サイズの体験〟を持ち帰る
ついに船は巨大なアメリカ大陸を去り、さらに広大な太平洋の北側をゆっくり横断しながら、千島列島に沿って南下していく。あと数日で日本列島にさしかかるという。地球一周107日間の旅の終わりが、徐々に近づいてきた。 思えば息子は、最初のころは少し戸惑っていた。ワンルームでの家族3人生活、小さな街と同レベルの人口の人たちと一緒に乗っていること、そして船という名の地面が動いている不思議——そんな環境に驚き、何度か「ニュージーランドに帰りたい」と嘆くこともあった。そりゃそうだ、まだ4歳なのだから。「船に乗って地球をぐるっと一周するよ!」とか、「3ヶ月半ずっと海の上で最高だよ!」とか、「たくさんの国に行けるんだよ!」とか言われても、なんのこっちゃわからない。 途中から楽しくなって「次は、どこに行くの?」に変わっていたが、いまでは「船から降りたくない」とごねるようになった。「そうだね、あとちょっとだね」と、ぼくも寂しい気持ちになってしまう。終わりゆく旅の余韻に浸りながら、ぼくは心の中で問い直す。この107日で、ぼくたちは何を得たのだろう。
以前この連載で、息子の記憶に残らなくてもいい、身体感覚として魂に刻み込んでくれればいい、と書いた。それは息子への願いだったが、いま同じことが、自分の身にも起きている。 最初に訪れた中国の最先端都市・カオスの深圳、モーリシャスの静かなビーチ、カナリア諸島・テネリフェ島の極上シーフード。ポルトガルからノルウェーまで、景色が毎日変わる至福の欧州ホッピング、アイスランドからグリーンランド近くで遭遇した無数の流氷。 ニューヨークのヒップホップとジャマイカのレゲエの音、パナマ運河を抜けた後に寄ったコスタリカでの夕焼け。そして、カナダからアラスカへの航路で、何度もクジラやイルカの群れに遭遇した瞬間の歓喜。おそらく旅というものは——頭の中に記憶を増やすというより、体の奥に世界のリアルを染み込ませていく行為なのだと思う。
海の時間で旅をする
船旅をしてみて、改めて感じたことがある。それは、この旅が思っていた以上に〝身体にやさしい〟ということだ。飛行機で世界を移動すると、どうしても時差がつきまとう。長時間フライトのあと、体内時計が追いつかないまま、新しい土地の朝を迎えることも少なくない。旅なれたぼくでも、大きな時差は体への負荷がかなり大きい。 でも船旅は違う。時速30~35kmでのんびりと海上を西へ移動し続けるこの旅では、ほとんど時差を感じない。船内では少しずつ時計を調整していく。決まった日に一時間だけ時計を進め、次の寄港地の現地時間に合うように、身体はゆっくり順応すればいいのだ。 その感覚が、なんとも心地よく、体も喜んでいた。
そして旅の終盤には、少しずつズレてきた時間を一気に調整するため、丸ごと一日がごっそり消える日がある。時計を24時間進めるだけなので、体への負担はゼロだ。体内時計も、心のリズムも、ゆったりとした海のスピードに合わせて整っていく。 だからこそ、3ヶ月半という長い航海を終え、横浜港が目前という今も、体にはほとんど疲れが残っていない。これが世界一周クルーズの、いちばんうれしい発見かもしれない。
世界は広く、近く、ひとつ
さんざん世界を旅してきた。排出してきた温室効果ガスに、激しい罪悪感を感じるほどに。それでも今回、船で地球をぐるりと一周してみて、初めて感じたことがある。それは、世界地図を、地球の存在そのものを、少しずつ〝身体が理解していく〟というような感覚だ。 寄港地から次の港へ、人間が認知できる速度で海を渡り、ゆっくり移動していく。その距離や方向を、頭の理解ではなく、肌で感じながら進んでいくうちに——世界と呼ばれる空間のリアルが少しずつ体に入ってくる。 国境とは、誰かの都合で勝手に、紙の上に引いた線にすぎない。ずっとそこにあったリアルではなく、ただの幻想にすぎない。人種を、宗教を、文化を、本当の意味で線引きしているわけでもない。 海水温が毎日少しずつ変わっていくように——船上では毎日プールに海水がくみ上げられ、その水温が表記されるので、その推移がわかる——人々の生活様式にも、人種にも、価値観にも、そんな乱暴に線引きなんてできない。それは静かにグラデーションのように移り変わっていくのだと、「知る」ではなく「体で理解できる」ようになった。
世界地図を見て、「あそこにはあの風景があった」と思い出せる場所が増えた。海の向こうの遠い国だった場所が、具体的な風景や匂いを持った場所になった。世界は思っていたよりもずっとずっと近いんだと思う。 海がすべての大陸、島々をつないでいるように、海はすべての人びとをつなげている。海から見ると、世界はひとつであり——その世界は地球という、宇宙に浮かぶひとつの星にあるということ。そんなあたり前のことを、あたり前のように受け入れられるようになった。それは「Oneness(ワンネス)」といったスピリチュアルな感覚とも違う、もっとリアルな身体感覚だ。きっと、人間なら、この星の生き物なら、誰もが本来持っている感性なのだろう。それをそっと思い出せただけなのだと思う。 下船する横浜港まで、もうすぐ。長かった航海も、まもなく終わる。でもきっと、〝世界は広く、近く、ひとつ〟という体感は、ぼくの中に残り続ける。そして、息子の中には何が残るのだろうか。その答えを見つけるための航海は、まだ続く。
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