クルーズコレクション

四角大輔さん(作家、環境保護アンバサダー)特別レポート10

「俺が知る世界も、俺の経験もちっぽけだ。息子よ、俺にもっと広い世界を見せてくれ」-10-

2025年に世界一周クルーズに乗船してから、1年。5歳になった息子さんとの会話や、家族の日常のなかに、あの107日間の旅は今も息づいています。海の上で同じ景色を見つめ、同じ時間を過ごした3人の中に残ったものとは――。旅を終えた今だからこそ見えてきた、家族にとっての「旅の意味」を改めて振り返ります。

四角大輔 / 作家・森の生活者・環境保護アンバサダー
レコード会社プロデューサーとして活躍し、その後ニュージーランド湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営み、場所・時間・お金に縛られず、組織や制度に依存しない生き方を構築。Greenpeace JapanとFairtrade Japanの日本人初アンバサダー、環境省アンバサダーを務める。著書に『超ミニマル・ライフ』『超ミニマル主義』『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』『人生やらなくていいリスト』など多数。
公式ホームページ https://daisukeyosumi.com/

Yosumi Daisuke

あれから一年経った、2026年8月のいま

最終回となるこのブログは、下船してからちょうど1年後に書いている。そして今は、ロンドンから1時間ほどの小さな街に家族といる。下船してから今日まで、家族と何度あの旅を語り合ったか。5歳となった息子も、強烈な体験だったようで、驚くほど記憶している。 拙著『Let Go: 50 Lessons from Japanese Minimalism to Set You Free』が、ここ英国をはじめ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、インドなど複数の英語圏で発売。そのPR活動のために英国に来たのが2026年2月下旬だから、はや半年になる。前回書いた〝離脱の旅〟の途中で行った、ロンドンでの出版社との顔合わせが、こうして実ったということだ。 そしてもう一冊。出航の日に書きはじめた、息子への一冊。あの107日で拾い集めた言葉は、もうすぐ本になろうとしている。 さて今回は、改めて昨年のあの船旅を振り返ってみたい。

Uchida Ryu

子どもと過ごせる時間は、父親でたった3.3%

「家族全員が同じ空間で暮らす時間」は驚くほど短い。関西大学の研究者による推計では、母親で7年6ヶ月、父親はなんと3年4ヶ月だという。寿命100年時代とすると、子どもと過ごせる時間は人生全体の——母親で7.5%、父親だとたった3.3%となる。 なお、これは同じ屋根の下で暮らす期間ではない。別の部屋で眠る時間、学校や仕事で離れている時間は除かれている。実際に顔を合わせて、同じ空間で一緒に過ごす時間ということだ。 だがお分かりだろう。家族で同じ空間にいたとしても、それぞれが忙しく、別々の時間を生きていることが多い。そしてスクリーンが、一緒に過ごす時間をさらに奪い去っていく。 だからこそ、雄大な大海原が広がり、地球を感じられる船旅はいい。家族全員で——同じ船に乗って次の寄港地を目指し、文字通り同じ方向を向いて——同じ景色を共有できる船旅は、やはり特別だと、改めて思うのだ。

Yosumi Daisuke

陸上での日常に残った、三人ぶんの熱

海を眺め、家族3人でおしゃべりしながら、デッキをぐるりと一周する。寄港地では「あの石の家かわいいね」「あのカフェの路地のテーブルでランチしよう」とはしゃぐ。夜、窓を開けたままベッドに寝転び、窓の外の満月を見つめながら、今日のできごとを話す。 海の上で、はじめての街で、ゆっくり流れる時間の中で、思い出が積み重なっていく。いや、ただの思い出じゃない、それは熱だ。体のいちばん奥から、ゆっくり広がっていく。 旅を終えてこんなに時間が経っても、その「熱源」は冷めない。乗船前の自分とは、体の中身がまるごと入れ替わってしまったようだ。もうきっと、元には戻れない。 ここでふと気づく。今の自分は——乗船前どころか——船旅中の自分とも違う。いつの間にか、あの熱が全身を支配し、ぼくという人間を駆動させている。心のあり方を変え、思考回路を組み替え、五感をより敏感にした。

Social Good Photography, Inc.

時速30~35km、107日間、ぼくら三人はずっと同じ方向を向いていた。陸に戻れば、家族はそれぞれの方向へ。仕事へ、幼稚園へ、用事へ。やはり、あの107日間だけが違った。 そして今も——息子は「だいちゃん、ピースボートにはいつ乗るの?」と本気で聞いてくるし、元々は乗り気でなかった妻も「あーー…ピースボートよかったな……」と遠い目をしてつぶやく。ひとたびあの旅の話になれば、全員の目がキラキラ輝き出す。きっと同じ熱が、三人それぞれのかたちで宿っているのだろう。

Yoshida Taisuke

世界は、まだ広い。旅は、まだ続く。

船内のラウンジにあった大きな海図を思い出す。そこには、航路が線で描かれていた。頭の中にあるバラバラの世界地図をひとつにつなげようと、息子と毎日それを眺めていた。70カ国を旅し、飛行機で何度も地球を回り、世界が広いことはわかっていたつもりだった。 でも、船でゆっくり7つの海を渡り、ぐるっと一周してみると、そんな思い込みをぶっ壊すほどに地球は大きかった。 港から港へ。大陸から大陸へ。海から海へ。頭の中の地図はつながったのだろうか。ひとつ言えるのは、全身の細胞で感じる地球は、ひとつにつながったということ。

Yosumi Daisuke

船を降りた今も、息子との旅はまだ続いている。ただ場所が、海の上から日常の中へと移っただけ。 遠くへ移動することだけを、旅と呼ぶわけではない。日々の小さな幸せを拾い上げ、それに感嘆しながら生きること。きっとそれこそが、人生という名の旅の本質なのだろう。 そしてぼくは、その旅の意味を息子から教わってきた。「答え」を求めず、ただ眺めること。「知ったつもり」を、見つめ直すこと。そして、ほんとうの「絶景」がどこにあるのかを。 世界は、まだまだ知らない場所だらけ。俺が知る世界も、俺の経験もまだまだちっぽけだ。息子よ、これからも、もっと広い世界を見せてくれ。 (完)

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