クルーズコレクション

災害と恵みの地熱食 ~アイスランドの日常

Voyage Talk -旅人が綴る風景-岡根谷実里

「世界の台所探検家」として世界各地の家庭の台所に立ち、日常の食を通して社会を伝える岡根谷実里さん。ピースボートクルーズの寄港地のひとつでもあるアイスランドについて、食・暮らし・社会の視点から綴っていただきました。

Profile

岡根谷実里 / 世界の台所探検家
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、クックパッド株式会社に勤務し、独立。世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。40以上の国と地域、190以上の家庭を訪問。講演・執筆・研究などを行う。著書に『世界の食卓から社会が見える』(大和書房)、『世界のお弁当とソトごはん』(三才ブックス)、『世界の台所の間取り』(エクスナレッジ)など。京都芸術大学客員講師。探検の傍ら、現在はオランダの大学で文化人類学の研究を行う。

岡根谷実里

写真:真冬のアイスランドの大地

火山と生きる日常

アイスランドという国は、その名前から凍っていて寒そうなイメージがあるが、実は「炎と氷の島」という異名を持つ。氷だけでなく、炎があるのだ。 炎の所以は、活火山が多くあること。プレートが生まれる境界に位置し、火山活動が活発だ。2023年から2024年にかけても、レイキャネス半島で数ヶ月にわたって複数回の噴火があり、約4,000人の住民が事前避難したり一大観光施設のブルーラグーンが一時閉鎖したりといった大きな社会的影響を生んだ。 噴火が起こった地点は、首都レイキャビクから西へたった40kmほどの距離。私はちょうどその時期にレイキャビクに滞在していたのだが、日曜の朝に起きて2階から外を見たら向こうの空が煙っていて、テレビをつけたら溶岩が流れていて、驚いた。

そして、こんなにすぐ近くで起こっていることなのに、それでも生活はつつがなく流れているから、さらに驚く。ひとしきりテレビを見たお母さんは、のっそりと台所に向かって黒くなったバナナを手に取り、「熟れ過ぎちゃったからなんとかしなきゃ」とか言ってYouTubeライブで溶岩の様子を眺めながらバナナケーキを焼いたりして、火山と共に生きる社会の強さを感じさせられた。

岡根谷実里

写真:溶岩の行く手には防護壁が設けられて街の被害は抑えられた

しかし、火山は災害だけでなく、大きな恵みも与えてくれる。絶えることのない地熱は、この国の貴重な資源だ。地熱エネルギーは総発電量の約3割を占め、クリーンエネルギー政策に一役買っている。また一般家庭の9割以上は地熱による温水暖房であたためられていて、街じゅうにある温水プールは生活の一部だ。

岡根谷実里

写真:朝9時の温水プール。外気は8度なので水面からは湯気が上がる。

パン作りにも?

「変わったベーカリーがあるから、行こう」 そう言って、ある日家族が連れていってくれたのは、首都レイキャビクから東へ車で1時間ほどの湖のほとりだった。車から降りると、どう見ても屋外スパのような娯楽施設だ。湯気の立つプールに水着姿の人たちが浸かって気持ちよさそうにしている様子は、まるで露天風呂。こんなところに、ベーカリーがあるのだろうか? 湯の中でくつろぐ人々の前を通り過ぎてさらに歩くと、しんとした湖畔にたどり着いた。湖面から湯気が上がっているのは、水が温かい印。この辺りは、地熱源が地表近くの比較的浅いところ(数百メートル以内)にあるため、地面全体が温められているのだそうだ。 湯気に包まれながら砂浜を歩いていると、子どもが砂遊びしたかのような小山があちこちにある。

岡根谷実里

写真:湯気の合間から見える砂山

「砂山の上に石が置いてあるだろう。あれはパンが入っている印だよ」
どういうことだろう。パンが、地中に?
その謎は、隣接するカフェに行って解けた。そこに売られているパンは一種類だけ、黒糖蒸しパンそっくりのふかふかパンだ。その名はクヴェラブロイス(Hveragerð)、直訳は温泉パン。ライ麦に糖蜜などを加えた生地を容器に詰め、地中に埋めて24時間。地熱を利用して蒸すのだという。

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写真:できたてのクヴェラブロイス。薄く切られたのにバターを塗って食べると最高。

一口食べると、黒糖蒸しパンのような懐かしい味に頬がゆるんだ。甘みのあるパンだが、お菓子というわけではなく食事用のパンで、別の日には魚のパン粉焼きと一緒に夕飯に食べた。パンはオーブンがないと焼けないと思っていたが、地熱を利用して自然の力でパンが作れてしまうとは。

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写真:魚のパン粉焼きの日。左奥にあるのがパン。

地熱を利用した料理はパン以外にも

別の方が連れていってくれたのは、また別の湯気が立ち上る地。「私が子どもだった40年くらい前は、地域の共同地熱窯があったんだよ」そう言って指さしたのは、地面に掘られた穴に鍋を入れている女性の写真だった。 「朝のうちに食材を入れた鍋を持ってきて入れて、夕方に取り出して家に帰る。地熱で料理をしていたんだよね」 その後、噴火をきっかけに地熱源が移動したことや、ライフステイルの変化、ガスコンロの普及もあって、その穴は使われなくなったという。

岡根谷実里

写真:穴に鍋を入れる女性

プレート境界に位置するという意味では日本も似た条件のはずが、地熱の使い方は、どうもだいぶ状況が違うようだ。日本では地熱発電も地熱利用もこれほど活発でないし、地熱パンも聞いたことがない(温泉の蒸気を利用する別府の地獄蒸しは一番近いだろうか)。なぜだろう。 調べているうちに、プレート境界といえどタイプが違うことを知った。日本はプレート同士がぶつかりあい「沈み込む境界」であるために熱源が深いところにある。一方プレートが生まれて「離れる境界」にあるアイスランドは、熱源が地表近くの浅いところにあるため、利用しやすいのだ。

岡根谷実里

生活の息遣いを船の旅でも

火山と共に生きる、アイスランドの暮らし。寄港して時間があればぜひ、街を歩いて、この地に生きることの厳しさと豊かさに目を向けてみてほしい。温水プールは探せばあちこちにある。クヴェラブロイスは買えるところが限られるが、同じ材料で地熱を使わず作ったルグブロイス(Rúgbrauð)はスーパーで容易に手に入る。船でのおやつに購入するならば、バターもお忘れなく。そうしてパンを味わいながら話に花が咲き、次の地へと旅が進むのだ。

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