クルーズコレクション
アフリカを食べる
2024年9月30日
インタビュー
広大なアフリカ大陸を旅すると、国によって異なる文化や風習がグラデーションのように広がっていることに気付かされます。その代表格が「食」。長くアフリカの地に暮らしたジャーナリストの松本仁一さんに、食を通じて出会った“アフリカの姿”についてお話しいただきました。
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1968年朝日新聞社入社。アフリカ・中東問題を専門とする。ナイロビ支局長、中東アフリカ総局長(カイロ)、編集委員を歴任。まだ日本にアフリカの情報がほとんど入ってこなかった時代から、長年に渡りアフリカの魅力や社会問題について発信してきた。2007年退社後はフリーで活動。『アフリカを食べる』(朝日文庫)、『カラシニコフ』(朝日文庫)、『アフリカ・レポート』(岩波新書)、『兵隊先生』など多数。
特派員としてアフリカに暮らす
1980年1月、アフリカを車で縦断するという朝日新聞社社会部の企画で、ケニアのモンバサ港から南アフリカのケープタウンまで、5ヶ月をかけてドライブをしました。これが私とアフリカの最初の関わりです。その後も、常駐の特派員としてケニアやエジプトに勤務し、アフリカ大陸には長いこと暮らしました。この間で、現地の人が食べているものならたいてい何でも口に入れています。
ケープタウンで山盛りのマグロ丼を
ケープタウンの沖合いは世界有数のマグロの漁場です。1980年にはそのケープタウンの港に停泊していた日本のマグロ漁船の上で、炊きたてのどんぶり飯に大トロを山と盛ったマグロ丼をご馳走になりました。私を船に招いてくれたのは、若い乗組員たち。当時のマグロ漁船は、一航海で若手乗組員でも軽く700万は稼いでいました。荒海で長期間の厳しい操業、そして乗船中は金を使わないからたっぷり貯まる。水や食糧の補給でケープタウンに寄港すると、彼らはキャバレーへ行って大騒ぎです。その間を、白人のマスターが走り回って給仕をする。その頃彼らは、キャバレーで一晩20万円ぐらい平気で使っていました。
当時、南アフリカはアパルトヘイト(人種隔離政策)の厳しい統制下にありました。アパルトヘイトというのは有色人種を差別することを法律で規定した制度です。そのため世界中の国々から経済制裁を受け、経済的には苦しい状態でした。そんな中で、一晩で20万円も使ってくれる人びとを差別することなんかできない。そして、日本の若い漁船員たちはアパルトヘイトの「ア」の字も知らない。彼らは久しぶりの大地を踏みしめ、久しぶりの盛り場に行く。それだけです。マグロ漁船の若者たちが、ごく自然にアパルトヘイトを無視し、南アフリカの体制の一角を侵食していました。
アパルトヘイトの終焉
同じく南アフリカのヨハネスブルグは、かつては法律で「白人の街」として規定されていました。黒人は身分証明書がなければ立ち入れず、特別な許可がないと市内で夜を過ごすこともできませんでした。そんなアパルトヘイト制度も、1991年には終焉を迎えます。その半年後、再びヨハネスブルクの街を訪れると、その様子は様変わりしていました。すれ違うのは黒人ばかり。みな楽しそうにお喋りをし、公園では黒人の子どもたちが自由に遊んでいました。そして中央駅そばの白人紳士御用達だったバーは、ソウェトの旧黒人居住区で居酒屋をやっていた夫婦が居抜きで買い取っていました。
うまかった羊の頭
ここで食べたのは羊の頭。真っ向から半分にかち割り、塩だけで8時間ほど茹でたものです。豚足のような感じですが、もっとトロトロと柔らかく、辛いトマトソースがよく合う、とても美味しい一皿でした。ひと通り食べ進めたところで、「目玉を食べなきゃいけない」と、お店のママが頭蓋骨の中へ手を入れて、裏側から指で目玉を押し出してくれました。魚の目玉は熱を加えると白く固まりますが、羊などの哺乳動物の目玉は、トロトロのまま。するりと喉に落ちていき、これもまた何ともうまかった思い出があります。
ジンバブエでカメムシを食す
ジンバブエでは、カメムシを食べました。市場で、こんもり山盛りで売られてるんです。カメムシを食べるのは、広いアフリカ内でも初めてのことでびっくりしましたね。あの独特な匂いは揮発性で、火を入れると消えるんだそう。「塩で炒めてあるからこのままでも美味しいよ」と勧められました。スナック感覚でポリポリ食べながら歩いてたら、地元の人びとがものすごく喜んでくれましたね。ある食材を「食べる人」と「食べない人」がいます。たとえばカエルとかザリガニとかクジラとかイモムシとか。食べない人は食べる人を軽蔑する傾向があるんじゃないでしょうか。「え、お前そんなもの食べるの?野蛮!」なんて。
“食”は、その土地そのもの
しかし食文化というのは、地域や気候によって違うのが当たり前。それは不思議なことでもなんでもないから、馬鹿にしたり、毛嫌いしたりするのはやめた方がいい。せっかく異文化を知るチャンスがあるのだったら、なんでも挑戦してみたらいいと思うんです。「食べ物」はその土地がもたらす恵みであり、その土地そのものです。ここには、ヤギの目玉もあるし、マグロの山盛り丼もある。その土地のものでじゅうぶんお腹を満たせると思うんです。遠く離れたアフリカの情報は日本にはなかなか届かないからこそ、思い切って飛び込んでみてほしいですね。