クルーズコレクション

南極の蒼 ANTARCTICA BLUE

壮大な山々と、美しく輝く氷の世界が広がる神秘の大陸・南極。
ピースボートクルーズで8年ぶりとなる南極航路世界一周に同行した、医師・作家の海堂尊に特別寄稿をいただいた2025年5月発行の「ピースボート クルーズマガジンvol.5」の内容を転載しています。

海堂尊(医師・作家)
1961年千葉生まれ。1988年千葉大学医学部卒業。1993年千葉大学医学部大学院修了。福井県立大学客員教授。2006年『チーム・バチスタの栄光』で第4回「このミステリーがすごい!大賞」を受賞し、作家デビュー。小説は同一世界観で統一され、「桜サーガ」とよばれる。医師として死因究明問題にコミットし、AI(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)の概念を提唱、社会導入を進める。『ブラックペアン1988』『ブレイズメス1990』『スリジエセンター1991』のバブル三部作は累計160万部の大ヒットとなっている。近著に『コロナ漂流録』『ひかりの剣1988』、最新刊に『蘭医繚乱洪庵と泰然』。

Mizumoto Shunya

ピースボートに乗って、南極へ行く。この1行だけで、わくわくしてくる。 だから、「南極に行ってみませんか」というお誘いは、二つ返事で受けた。 だがうまい話には裏がある。「初めて南極を見たまっさらな気持ちを書いてください。それを読んだら大勢のゲストが行きたくなるような」という。めちゃ、ハードルが高い。

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依頼してきた南極遊覧のリーダーは滔々と語る。「私はこれまで100ヵ国以上をピースボートで旅してきましたが、どこが一番かと言われたら南極だと答えます。それは世界中どこもかしこも人の手が入っているのに、南極だけは人の手が全く入っていない土地なんです。その存在感にはいつも圧倒されます。」 なるほど、と思いつつ私は当惑する。私が書くべきことが、全部言われてしまっているではないか。

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だが、ひねくれ者の私は、あるアイディアを思いつく。圧倒的な自然を前に、言葉を失うことを表現する文章。 「あのう、1ページを真っ白にして、最後に句読点の丸だけつける、というのはどうでしょう」一瞬、ほう、と感心した表情になった依頼人は、すぐに真顔になって「いやいや、それはちょっと…」と穏やかに、だがきっぱりと断る。まあ、当然だろう。私の敗因はこの秀逸なアイディアを、南極を見る前に口にしてしまったことである。

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「ただ今の海水温は摂氏二度、南極海域に入りました」と船内放送が告げる。なるほど、南極はそうやって覚知されるのか、と思う。
再び船内放送。
「ただ今、左舷十一時の方角にザトウクジラの親子が泳いでおり、潮を吹いております」その言葉に誘われて部屋を出る。巨大客船の長い廊下を急ぎ足で歩き、遅いエレベーターをパスして、階段を駆け上る。ビルで言えば8階建てくらいの高さのデッキに出ると、全身が冷気に包まれる。ザトウクジラは影も形もない。相手も生き物、いつまでも同じところで潮を吹いているわけがない。

Mizumoto Shunya

そんなことを何度か繰り返しているうちに、クジラは諦め、キャビンで執筆することにした。窓の外には雄大な氷河と山脈を抱いた南極大陸が見える。思いついてデッキにパソコンを持ち出す。稀に見る好天で、肌寒いものの日差しは温かく、快適である。 机が露で濡れていたので、タオルを敷いてパソコンを置き、おもむろにキーボードを叩き始めた。

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しばらくしてスタッフが撮影したいと言ってきた。部屋のデッキで執筆しているんですが、と言うと、その場面を撮りたいという。これは断じて演技ではない。けれどもやってきたカメラマンは有無も言わさず、机に敷いたタオルを取ってしまった。これは完全にヤラセだ。でもまあ、これくらいの演出は許されるだろう。
かくして私は、南極大陸を眺めながら執筆する場面を公式に撮影してもらった、日本初の文豪となった。

Mizumoto Shunya

クジラはなかなか見られないが、逃げも隠れもしない氷山はよく見る。
氷山は蒼い燦光を放っている。といっても海上に出ている部分は真っ白である。水面直下の部分が蒼いのである。また、そそり立つ氷壁が蒼く見えるところもある。そのことを訊ねると、降り積もった雪の間に閉じ込められ数万年前の空気が氷が溶けた際に、蒼く見えるのだという。これはもう一篇の壮大な叙事詩である。
その時、ふと思いついて訊ねた。
南極は英語でなんというのですか。
その答えを聞いた時、ひとつの言葉が結晶になった。
アンタクティカ・ブルー、南極の蒼。
こうしてこの文章は私にしか書けない、南極の物語になった。

Mizumoto Shunya

ここまで書いてふと思う。確かに私は自分だけの南極の言葉を見つけた。だがそれは、私だけが成し得ることではない。船内では南極の専門家のディープな裏話も聞けるし、テレビ画面で見たことのないようなアングルで南極大陸も見ることができる。こうして乗船している1,800人のゲストひとりひとりに、それぞれの南極が生まれる。
更にクルーズを支えてくれる700人のスタッフたちにも、それぞれの南極がある。総勢2,500人の人々の、5,000の目が見出した、壮大なアンタクティカ大陸。それはピースボートで誕生した、そしてここでしか生まれ得ない世界である。

Mizumoto Shunya

ピースボートに乗っていると不思議な気持ちになる。自分がこの巨大な客船の細胞のひとつで、ピースボートという生命体に護られていると同時に、その生命体を支えているという感覚である。誰かが撮影したペンギンの動画が共有され、みなの記憶になっていく。聞いた講演が共通体験として心に残る。

Mizumoto Shunya

ピースボートは一期一会、一回一回が独自の固有体だ。どれひとつとして同じものはない。それはまさに生命体そのものだ。ピースボートは単なる豪華客船クルーズとは違う。それは体験であり、人生の一部である。
3ヵ月間、20ヵ所以上の寄港地に立ち寄れば、そこであなたは、あなただけの物語を作り上げることができるのだ。

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