クルーズコレクション

新たな時を刻むピースボートクルーズ-2-

2023年7月27日

クルーズライフ -Cruise Life-

ピースボートクルーズでの世界一周は、国境を越えて、人と人、人と文化をつなぐ旅です。日本各地から乗船される人びとと世界各地をめぐる旅は、一期一会の出会いの日々でもあります。新チャーター船パシフィック・ワールド号にて、再び世界一周クルーズへと出発した航海作家・カナマルさん。今回の旅ではどんな出会いがあったのでしょうか。

文・構成:カナマルトモヨシ(航海作家)
日本各地のみならず世界の五大陸をクルーズで訪問した経験を持つ航海作家。世界の客船を紹介する『クルーズシップ・コレクション』での執筆や雑誌『クルーズ』(海事プレス社)に連載記事やクルーズレポートを寄稿している。

© Mizumoto Shunya

横浜からロンドンへの船旅見聞録

パシフィック・ワールド号でゆく、初めての世界一周クルーズ。横浜から乗船した私は、ロンドンの外港・ティルベリーに向かった。その間、初めて目にする土地もあれば、およそ30年ぶりに訪れる懐かしい街もあった。ヨーロッパの土も久しぶりに踏むことができた。そして思わぬ出会いがあり、個人的に興味深いエピソードにも遭遇した。さらに世界一周クルーズならではのスケールの大きな風景を目にし、日本ではなかなかできない世代や国籍を超えた交流をすることも。横浜からロンドンまでの船旅で、とりわけ印象深かった寄港地や出来事をつづっていきたい。

© Kameda Urara

マニラでの再会で知った「広さ」

最初の寄港地はマニラ(フィリピン)。ピースボートクルーズの洋上ゲストで乗船されていた、ルポライター・鎌田慧さんのお誘いで、現地日本語紙『まにら新聞』の男性記者・岡田薫さんに街を案内していただくことに。実は岡田さん、2000年のピースボートクルーズの参加者。当時、取材乗船していた私のことも覚えているという。滞在中、今回のマニラ寄港について同紙の記者・深田莉映(りえ)さんからインタビューを受けた。彼女も数年前に世界一周クルーズに乗られたとか。しかも入社しばらくしてから、先輩の岡田さんも過去乗船者だと知ったという。 鎌田さんは言った。「世界は狭いけど、ピースボートは広いねえ……」。

© Yoshida Taisuke

「世界一周クルーズ発祥の地」での奇遇

ピレウス(ギリシャ)は、1990年にピースボートクルーズが初の世界一周へと船出した、「ピースボート世界一周クルーズ発祥の地」。街を散策していると、スマートフォンに着信が。誰だろうと出てみたら、初の世界一周クルーズのスタッフだった女性から。彼女の声を聴くのはずいぶんと久しぶりだ。まさに最新のピースボートクルーズでのピレウス寄港中。「思い出のピレウスに私がいると知って電話したの?」と尋ねると、そうではない。急ぎの問い合わせが発生して連絡してきたのだ。この偶然のタイミングに、彼女もかなり驚いていた。時空を超えて、何かが引き合わせたとしか思えぬ通話だった。

英国への水先案内をつとめたファミリー

ピレウスからは、懐かしい顔が乗船してきた。彼女はロンドン在住のマリコさん。私が数年前の世界一周クルーズに取材乗船したときのスタッフで、洋上英会話・スペイン語会話プログラムGETを立ち上げた人でもある。そして彼女の英国人の父親と日本人の母親も横浜からこのクルーズに乗船中だった。やがてマリコさん一家による英国案内は、船内の大人気企画となる。彼女らと私が一緒に企画した、カラオケでビートルズの曲を歌う「ビートルズ・ナイト」も、思わぬ大人数そして多国籍の参加者で盛り上がった。マリコさんファミリーは、名実ともに英国への水先案内人だった。

© Nakasuji Kota

船から眺めたジブラルタル海峡とユーラシア大陸の果て

真夜中に目が覚めた。時刻は3時半。キャビンのカーテンを何気なく開けた。窓の外には街灯りが広がり、そのなかに岩山のシルエットが黒く浮かんでいる。船は地中海と大西洋を分かつジブラルタル海峡にさしかかっていた。窓外に展開するのは英領ジブラルタルのヨーロッパポイント。左舷側にはアフリカ大陸のスペイン領セウタの夜景が広がっていた。デッキに出て両岸を眺めた人もいたが、自室のバルコニーから地中海に別れを告げた人も多かった。この日の午後10時過ぎ、再び右舷側に明滅する灯りが。それはユーラシア大陸最西端ロカ岬に立つ灯台の光だった。

世代も国籍も超えるイベント~洋上夏祭り

ジブラルタル海峡を越えた日の午後、洋上夏祭りが開催された。クルーズに乗船している、20代以下の若者有志が中心となっての企画運営だ。催し物には乗客の大多数を占めるシニア層も積極的に参加。老いも若きも歌や踊りなど自分の特技を楽しく披露した。また韓国、中国、台湾、香港、マレーシア、シンガポールから参加した乗船者もそれぞれの国や地域の伝統文化や歌で拍手喝さいを浴びる。ユーラシアの果てで行われた夏祭り。それは世代だけではなく、国籍を超えたイベントだ。最後に参加者全員で盆踊りをしながらプールデッキを何周もする光景が、それを象徴していた。

© Matsuda Sakika

廃墟から再生した街にはためくウクライナ国旗

フランス・ノルマンディー地方の港町ル・アーブル。世界遺産モン・サン・ミシェルへの玄関口である。実は港のそばに広がるル・アーブルの街並も、そこが丸ごと世界遺産だ。アテネのように古代遺跡が街中にあるわけではない。広がるのは整然とした現代的な街並。ル・アーブルは第2次世界大戦で大半が廃墟と化した。しかし建築家オーギュスト・ペレの都市計画により見事に再生。その都市計画が認められ、世界遺産に登録されている。そして世界遺産を構成する市庁舎の建物にはいまフランス国旗や欧州旗と並んで、連帯の意を示すウクライナ国旗がはためいていた。

© Masagaki Naoto

タワーブリッジでタイムスリップの船旅に幕

パシフィック・ワールド号はテムズ川をさかのぼる。しかし7万7000総トンの船が行けるのはティルベリーまで。私は陸路、ロンドンへ向かった。そしてウェストミンスター寺院そばの桟橋からテムズ川クルーズ遊覧船に乗る。ロンドンの名所を川面から眺める船旅のクライマックスはタワーブリッジ。この橋を2002年に通過した客船があった。それはピースボートクルーズがチャーターしたウクライナ客船「オリビア」。めったにない客船の通過シーンを目撃しようと、沿道はロンドン市民でごった返したという。タイムスリップのような横浜からの船旅は、ここで幕を閉じた。

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◆航海作家・カナマルトモヨシさんによる
新たな時を刻むピースボートクルーズ-1- はコチラ

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