PEACE BOAT 地球一周の船旅

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第86回クルーズレポート

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Life Onboard

ホニアラ(ガダルカナル島)寄港

2015年02月23日

オーシャンドリーム号は、第86回ピースボート「地球一周の船旅」最後の寄港地、ガダルカナル島・ホニアラ港に寄港。地元の伝統音楽とダンスによるパフォーマンスで迎えていただきました。面白いのは、足首に付けた木の実のような楽器。ステップを踏む度にマラカスのような軽快なリズムが響きます。

ガダルカナル島は太平洋戦争の「激戦地」となった場所。千葉県より少し大きいくらい、という小さな島ながら、多くの戦跡が残っています。まず訪れたのはヘンダーソン(ルンガ)飛行場。日本軍が、サモア方面への足がかりにと建設を始めたものです。しかし、完成間近の1942年8月、米国海兵隊が島を急襲。飛行場は米軍の手に渡ります。これが太平洋戦争の「幕開け」に――そしてここで約2万人の日本兵が命を落としました。日本がこの空港を建設しなければ、ガダルカナル島で戦争が起こることは無かったと言われています。

「ヘンダーソン飛行場」という名前は、米・海兵隊が名付けたもの。日本軍は「ルンガ飛行場」と呼んでいたそう。写真は空港に併設されてた「ソロモン諸島メモリアルガーデン」。

メモリアルガーデン内には、戦争で亡くなった米軍兵士やソロモン諸島の有力者らの名を記した記念樹が植えられています。

島の家屋は、このような木造・高床式が一般的。高床式にすることで、水はけや風通し良くなるそう。また、家の1階部分に日陰が出来るというメリットも。暑いガダルカナル島ならではのスタイルです。

島の子どもたち。果物などを売っているのでしょうか?? 今回のようにたくさんの日本人がガダルカナル島を訪れるのは珍しいこと。子どもたちも興味津々のよう。声をかけると、ちょっと恥ずかしそうにしながらも笑顔で応じてくれました。

続いて訪れたのは、「血染めの丘」と呼ばれる場所。先のヘンダーソン飛行場をめぐって、日米で激しい戦いが行われた場所です。ところどころに残る有刺鉄線が、ここがかつて「戦地」であったことを物語っています。

1942年9月、ここで激しい戦闘が繰り広げられ、わずか数日の間に3000名をこえる日本兵が犠牲になったと言われています。慰霊碑にお線香をあげ、手を合わせます。

オースティン山・ソロモン平和慰霊公苑。1984年に日本の戦没者慰霊協会によって作られたもの。2011年に改修され、現在のものとなりました。日本の団体が作ったものですが、国籍・民族を問わず、太平洋戦争で犠牲となった全ての人を悼むものとされています。

地面の一部に「燃え跡」が広がっているのは、「遺骨」を荼毘に付す場所。燃え跡を見ると、今なお、「遺骨収集」が続いていることがわかります。

太平洋戦争における「ソロモン諸島の英雄」のひとり、ジャコブ・ブーザ像。1942年、日本軍がこの島に上陸した際、このジャコブ・ブーザら島民の一部は連合国軍に協力し日本軍に「潜入」。日本軍による飛行場建設の進捗状況や、上陸作戦の情報を入手し、連合国軍に伝えました。また、ジャコブ・ブーザは負傷した海兵隊の命を救うなど、米国海兵隊に貢献。米軍も彼を重用し、「名誉少佐軍曹」という肩書きと功労賞をおくっています。太平洋戦争において、連合国軍は地元の人々を積極的に雇用。彼らの働きが戦局を大きく動かしました。ガダルカナル島の戦いにおいて、日本軍はほぼ「無策」で多くの犠牲者を生んだと言われていますが、地元住民らとの関係性においても戦略の差が伺えます。

海岸沿いのお土産物屋さんでの1枚。これは航海の安全を祈願する木像で「ヌズヌズ」と呼ばれています。かつての人々はこの像を舳先に掲げ、大海へ漕ぎ出したそう。

ホニアラ・セントラル・マーケットには、大きな魚が並びます。ピカピカで新鮮で美味しそう!! ほかにも、フルーツやココナッツなどが並んでいました。

国立博物館の中庭には、かつての戦争で使われた飛行機のプロペラ部分が展示されています。よく見ると銃創だらけ…。ここが「激戦地」であったことを改めて思います。

同じく国立博物館にて。こちらは日本軍が使っていた大砲です。今では子どもたちの、ちょっとした「遊具」になっているよう。何だかちょっと物騒な絵柄ですが、兵器として使われるよりは、こっちの方がいいかな、なんて思いも。島には今なお、こうした砲台など多くの戦跡が残っています。「戦争」を考える際、戦闘の「当事者」のみならず、地元の人々、またその土地の「その後」を知り、考えることも忘れてはなりません。

今日のガダルカナル島は、美しい青空の広がる穏やかな天気。その日常を楽しむように、のんびりと道をゆく地元の人たち。目が合えば、ニッコリと笑顔で応じてくれます。ここがかつて「激戦地」であったなんて、にわかには信じられません。しかし、島内を少し歩くだけで、その「跡」に出会います。戦争の歴史と「その後」、そして戦争がもたらすものについて考える、大切な1日となりました。

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