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PEACE&GREEN BOAT 2015クルーズレポート

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Life Onboard

小樽寄港-知られざる「北海道開拓史」をたどる-

2015年08月06日

Peace&GreenBoatは、ピースボート初寄港となる北海道・小樽港へ。情緒あふれる港町を楽しむツアーもたくさん行いますが、ここでは、韓国からの参加者と共に「北海道開拓史」をたどるプログラムに参加します。現在の北海道を築く礎となる北海道開拓史ですが、その背景に強制労働に従事させられた多くの朝鮮人・中国人があることはあまり知られていません。まず訪れたのは、浄土真宗本願寺派札幌別院です。

今日の進行役をつとめていただく、「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」共同代表のチェ・ホンチョルさん。北海道開拓史における強制労働の歴史と聞くと、樺太から強制移住させられたアイヌ民族を思い浮かべる方も少なくないかも知れません。「朝鮮半島からの強制連行も、構図は基本的に同じ」とチェさんは語ります。当時、朝鮮半島から北海道へと連行された人々は、何と14万5000人あまり。あまりに大きな数字ですが、これは「労働者」のみの人数。実際にはもっと多くの人々が移住を余儀なくされたと言われます。

この歴史を考えるにあたって、なぜ浄土真宗のお寺に?と疑問に思われた方もいらっしゃるかも。ここには、強制労働の末に命を落とした161人の遺骨が安置されているんです。161人――しかし、このうち身元が確認されているのは40人ほど。遺族の元に遺骨が返還されたのはわずか5名…当時の人々の命が、軽んじられていたことが伺えます。向かったのは、そうした人々が眠る納骨堂。

納骨堂の入り口。遺骨が納められている各家の名札と並んで「札幌別院」とあります。朝鮮半島から移住させられ、炭坑や鉱山開発、鉄道工事といった強制労働に従事した人々――101人の遺骨がこの1枚の名札となっています。

「札幌別院」は納骨堂の一番奥。101人もの人々がここに眠る――その現実に胸が痛みます。

3つの骨壺に101人の人々が納骨されています。ここから身元を判別することは、おそらく不可能――そう言われているそう。しかし、身元判別が出来ずとも故郷の地へ…そんな思いが実り、今年9月にはこのうちの1つが韓国の寺院へ渡る予定となっています。その際は、北海道から横浜、下関を通って韓国へ…と、かつて彼らがたどった道を「戻る」ルートを採るそう。

続いて、札幌市内・山鼻河川敷公園へ。写真は公園に立つ「藻岩犠牲者の碑」。これは、北電・藻岩発電所と札幌市藻岩浄水場の建設に従事させられた人々を悼むもので、朝鮮半島の方角へ向かって建てられています。ここで、犠牲となった人々に祈りを捧げます。

こちらの建物はご存知の方も多いでしょう。「赤れんが」の愛称で親しまれる北海道庁旧本庁舎。この中の、北海道立文書館を訪れます。

旧本庁とあって、たいへん立派な建物。入り口の門構えだけでもこの荘厳さ。

建物の中もたいへん重厚な創りになっています。赤い絨毯張りの階段。手すりの細やかな装飾や、照明なども美しく、手のこんだものばかり。深い歴史を感じます。

文書館には、北海道開拓の歩みを紹介する様々な展示が行われています。写真や地図、多くの文書が残されていますが、朝鮮半島からの労働者に関する資料は見当たりません。1つ1つ、じっくりと目を通しますが「まったく」ありません。14万以上もの人々が関わったというのに、その記録は皆無――その事実にも驚かされます。

この状況はアイヌ民族に対しても同様。アイヌに関する資料も、ほんの僅か。この写真程度のものしかありません。昨今「軍艦島」の世界遺産登録をめぐって、日韓で議論が起こりましたが、この展示の状況を見れば、議論が起こることも頷けます。強制労働や人権侵害の歴史を省みるどころか、その存在すら示されていない――「歴史認識」どころか、歴史をなき物とするその姿勢やあり方に疑問を感じた方も多かったよう。改めて、歴史を「知る」意義を考える、大切な1日となりました。

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